遠く懐かしい声
夢の中で、シルフィーの名を呼ぶのは?
「キール様! フラン嬢の意識が戻りません!」
張り詰めた声が、特別医療室に響いた。担架に運び込まれたマリエットは、まるで命の灯が 消えかけているかのように蒼白だった。血の気の失せた顔、かすかに上下する胸。
その姿を見たキールの奥歯が、ぎり、と音を立て る。
「全力で、治療を行う。すぐに準備しろ。それか――」
「早く!他のものも治療魔法を!」
「キール様を手伝え!」
バタバタと部屋の出入りが激しい中、キールが言葉を言い終える前に、魔法陣が展開された。
「回復魔法」
淡い緑の光が幾重にも重なり、複雑な術式がマリエットの身体を包み込む。それはまるで、やさしい光の繭のようだった。治療班の魔術師たちが、息を詰めて見守る。
キールは額に汗を浮かべながら、 続けた。 傷の修復、
細密な魔力制御を失われた血液の補充、内部損傷の再生。同時に、適合する血液を調べ上げ、 輸血の魔法を組みこんだ。時間は、容赦なく流れていき
一時間、 二時間、 三時間 ――
やがて、四時間を過ぎた頃、ようやく全ての治療が終わりキールが、緊張の糸を切るようにため息を漏らす。
「…縫合終了」
キールが小さく息を吐いた。その声に、周囲の緊張が一気にほどける。
「キール様、お疲れ様です!」
「後は我々が治療魔法を続けます!」
励ましの声が飛ぶ中、キールの身体が、わずかに揺れた。
「……っ」
長時間の魔力消費に、魔力切れを起こしていた。背後から、そっとキールの腕を支えた。
「キール様」
振り返ると、そこにはエルフの女王クラリスが立っいた。長い金の髪を揺らしながら、彼女は小瓶をキールに差し出す。
「キール様、魔力回復ポーション飲んでください」
「クラリスありがとう…」
「少し、お休み下さい。後は私が治療を」
キールは一瞬だけ、眠るマリエットを見つめる。そして、ふっと微笑んだ。
「…すまない少し、君に任てもいいかな」
◇
深い、深い海の底のような、冷たい闇に意識が沈んでいく。
「……フィ」
遠くで、誰かが呼んでいる
(誰……?)
ぼんやりとした意識の中、マリエットは思う。
(誰かが…私を呼んでいる)
はっと目を開けると、眩しい光が、視界を満たす。
そこは、深い森だった。木々の隙間から、柔らかな陽光が降り注いでいる。
「ここは…?」
「シルフィー」
背後から、優しい声がした。シルフィーが振り返ると、そこに立っていたのは、一人の男性だった。
白い正装に、すらりと高い背。 そして、風に揺れる髪はキールと同じ深いグリーン色に瞳の色は、澄んだ青。
「あなたは…??」
マリエットが首を傾げると、男は微笑んだ。湖の方を指さす。シルフィーは導かれるように水面を覗き込むと、そこに映っていたのは────見慣れたマリエットの顔ではなかった。シ長い髪。 エルフの姿。前世の自分の姿に驚くと同時に、思わず顔を上げる。そして、口から、自然とこぼれでた言葉。
「…お父様?」
笑顔を向ける姿に、シルフィーの胸の奥から、感情が溢れ出した。
「お父様!!」
シルフィーは、思わず駆け出し、亡くなったはずの父の胸に飛び込み、服を掴んで泣きじゃくる。
「お父様、お父様…」
「久しぶりだね。シルフィー」
大きな手が、優しく彼女の髪を撫で、遠い記憶が蘇り優しい父の声を懐かしむように、頷いた。かつてエルフの国を治めていた王。その父が、静かな声で言う。
「シルフィー、聞いて欲しいことがある」
「はい…お父様」
「私は今、この森を管理するため転生した」
父の視線が森の奥へ向く。
「妖精王として、転生しこの地で生きている」
「妖精王…」
「そして――」
父の表情が、少し曇った。
「お前の母も、もうすぐ目を覚ます」
「本当ですか!?」
ぱっと顔を輝かせたシルフィーの頬に手をのせると、小さく首を振った。
「今は、森の奥で眠ったままなのだ」
「どうして…お母様、病気なのですか?」
父の表情を見るだけで、胸騒ぎが広がった。
「闇の王の結界──その結界の鍵として眠っている」
「…お父様、もし結界が解かれたら、お母様様は、死んでしまうのですか?」
「いや──」
父は即座に否定した。
「死にはしない。永遠の眠りから、目覚めなくなる」
シルフィーの声が震える。
「どうすればいいのですか?お父様、私には、今、何の力もないのです…」
首から下げていた星のオルゴールに、指が触れ、父が小さく呪文を唱える。淡い光が、オルゴールを包んだ。
「シルフィ一、この力は――」
言葉の途中で、景色が、崩れ視界が暗闇に沈んでいく。
「お父様!!」
シルフィーが必死に手を伸ばす。
◇◇
「シルフィー!シルフィー!」
誰かの声に意識が浮かび上がる。ゆっくりと、重たい瞼を開いた。ぼんやりとした視界の中、誰かが顔を覗き込んでいる。
緑の髪色に、震える瞳。キールだった。
「…にい……さま」
マリエットはかすれた声で、そう呼んだ。
その瞬間。キールの顔がくしゃりと歪んでそうだの笑みを零しながら、涙を流していた。
「シルフィーよかった…本当によかった───」
震える声で、シルフィーと名を呼ぶ。キールから二週間もの間、昏睡状態だったのだと。
◇◇◇
薄暗い応接間に、ティーカップ触れ合う音が響いていた。 柔らかなソファーに腰掛けたフィオーレは、優雅な 手つきで紅茶を口元へ運ぶ。紅茶の湯気がゆらりと 立ちのぼり、部屋の重い空気に溶けていく。
コンコン―カチャツ。静寂を破るように、扉がゆっくりと開いた。
「フィオーレ様、報告します」
現れたのは、黒い執事服に身を包んだヴェルディだ った。彼は扉の内側で一礼し、静かに顔を上げる。フィオーレはカップをソーサーに戻し、視線だけを ヴェルディヘ向けた。紫がかった瞳が、妖艶おびて淡く帯びている。
「ヴェルディ、続けてちょうだい」
穏やかな声だったが、その奥には冷たい威圧感が潜 んでいた。
「はっ…目を覚ましたとの報告が入りました」
その言葉が落ちた瞬間―
「そう……」
フィオーレの唇から、短く声がこぼれる。ガタガタと屋敷が揺れ始めた。 壁に掛けられた絵画や窓ガラスが揺れる。フィオーレの足元から、ゆっくりと禍々しい闇のオーラが滲み出していた。
まるで感情が形を持ったかのように、黒い霧が床を這い、部屋の隅へと広がっていくヴェルディは一歩前に出ると、落ち着いた声で主を諭した。
「フィオーレ様。どうかお鎮まりください。お屋敷が……」
その言葉に、フィオーレはふっと息を吐く。 闇のオーラは次第に収まり、部屋の揺れもゆっくり と止まっていった。
フィオーレは立ち上がる。長いドレスの裾が、静かに床を擦った。
「ヴェルディ、城へ戻るわ」
その声には、決意とわずかな愉悦が混じる。
「はっ」
フィオーレはゆっくりと歩き出し、 扉の前で立ち止まると、 窓から差し込む薄い光が、彼女の影を長く伸はした。やがて二人の姿は、屋敷の奥、闇の城へと続く扉の中へ消えていったのだった。
後半に差し掛かり、フィオーレの闇の力がそろそろ爆発します。次回、闇の城へ帰還したフィオーレ本気で、闇の力解放しちゃうからね的なお話を書こうかなと思ってます|ω・)ガンバリマフ。ロキシーが……?




