赤毛の獅子【前編】
ロキシーの感情が爆発する。
翌朝、マリエットは自分の寝台で静かに目を覚まし た。
天蓋越しに差し込む柔らかな朝の光が、部屋を淡く 照らしている。
けれど、その穏やかな光とは裏腹に、胸の奥は落着かなかった。護衛として同行するのは─ロキシーだ。
(どうやって顔を合わせたら…。)
フィオーレとのことを思い出すだけで胸がざわつく。
できることなら、このまま、時間が過ぎてくれたら、いいのに。そんな弱気な考えが浮かんでし まう。
けれど、いつまでもそうしているわけにもいかない。
マリエットはゆっくりと起き上がり、身支度を整え た。
玄関前でまつ彼の姿が見当たらない。 いつもなら先に到着しているはずの、側近ルカの姿も見当たらなかった。 近くの護衛に尋ねる。
「アラン副団長は?」
すると護衛は、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。
「え、ええと…」
どこか歯切れが悪い。焦っているような様子に、マリエットは首を傾げた。
ドンッ!
地面が大きく揺れ、まるで遠くで雷でも落ちたかのような振動が、馬車にまで、揺れが伝わる。
「きゃっ!」
思わず体勢を崩しかけたマリエットを、一緒に乗ってた護衛が慌てて支えた。
「フラン様、大丈夫ですか?!」
「ええ…。でも、今の揺れは…?」
護衛たちは顔を見合わせ、やがて小さく口を開い た。
「騎士塔の方で…騒ぎが起きているようで…」
その言葉を聞いた瞬間、マリエットの表情が変わっ た。
「馬車を出して!すぐ、王城の東棟へ向かって!」
慌てて馬車が走り出す。 ロキシーがいる、東棟へと──。
◇
その頃、騎士塔では。朝の静かな空気とは裏腹に、どこか張り詰めた空気が流れていた。
「ルーベウス様、お待ちください!」
側近のベランが慌てて声をかける。だがルーベウスは足を止める様子もなく、中へと進んでいく。
「執務室は…あったあった!失礼するよ!」
バンッと勢いよく扉が開いた。執務机で書類を整理していたロキシーが、ゆっくり 顔を上げる。次の瞬間、ルーベウウが距離を詰め静かな視線を、ロキシーに向けた。
「挨拶も、ずいぶんと、勢いがあるのですね」
ロキシーの一言に、その場の空気が張り詰め後ろではルカとベランが戸惑った様子で立ってい る。
「それより、僕にお茶を出してよ」
ロキシーは小さく息を吐いた。
「…ルカ。お茶の用意を」
「は、はい!」
ルカが急いで紅茶を用意する。ソファーに座ったルーベウスが、紅茶を一口飲むと、ふっと笑った。そしてふいに口を開く。
「マリエットって細身で羽みたいに軽くて、抱き心地いいから、離してあげるのが惜しくなるほど」
その言葉に、ロキシーの表情がわずかに変わる。
「笑顔が可愛いてって髪にキスしたらさ、マリエットってば、頬を染めて」
少しの間の後にルーベウスが、ロキシーの目を見て笑って呟いた。
「たまらなく、愛おしくなるんだよね」
その瞬間、室内の空気が一変した。言葉にしなくても伝わる緊張感。 二人の視線が鋭くぶつかる。ロキシーがルーベウスの胸ぐらを掴む。二人の視線が火花を散ると、側で見ていたルカとべランは顔を青くしていた。ロキシーの剣が振り上げられる。
◇
ガキィン!!鋼と鋼が激突する凄まじい衝撃。 衝撃波が執務室を走り、壁に亀裂が走る。床が砕け石片が宙に舞った。二人の足元から魔力が噴き上がる。
ロキシーの闘気は炎の獅子のように燃え上がらせ、対するルーベウスの魔力は、風のように荒々し く、周囲の空気を震わせた。ガンッ!!再び激突した瞬間、執務室の壁が砕け散る。二人はそのまま窓から飛び出し訓練所に出ても、剣撃は止まらない。
空中でルーベウスが魔力を剣へ流し込む。ルーベウスは半歩身体を捻りながら斬撃を受け流すと、その勢いのまま剣を滑らせ、ロキシーの首元へ 突きを放つ。
─キィン!!
ロキシーが瞬時に刃を立て、紙一重で弾く。二人の足元から魔力が噴き上がる。ロキシーの剣が振り抜かれた瞬間、炎が爆ぜた。ただ燃えるだけの火ではない。刃から放たれた炎は獣のように唸り、地面を這い、空気を焼き尽くす。まるで巨大な獅子が咆哮したかのようだった。ロキシーの髪が炎の光を受けて揺れる。赤い髪が燃え上がる炎と重なり、本物の獅子のたてがみのように見えた。剣を振るうたびに炎と衝撃がルーベウスに襲いかかった。
「いいねぇ!そう来なくちゃ!」
「…」
ルーベウスが、楽しむように笑うと、風が巻き上がった次の瞬間、ロキシーの横にいた。
「遅すぎて、あくびが出そうだよ」
ルーベウスの鋭い斬撃が走る。ロキシーが反射的に振り向く。だがそこにはもういない。再び風が裂けると、ロキシーの頬や足、肩が切れ血が飛び散り、別の方向から剣が迫る。騎士たちは目を疑った。
「早すぎて見えない…」
「副団長も、凄すぎて…」
見ていた騎士団が次々と眩く。ルーベウスの動きは速いという次元ではなかった。加速しているのではない。風そのものが彼を運んでいるようだ。ロキシーの剣技もまた、炎の獅子と光の剣が閃く。
─キィン!!
ロキシーが攻撃を受け止める度、炎が爆ぜる。衝撃で地面が陥没する。ルーベウスが笑う。
「さすが、副団長だね」
「よく動く口だな」
ロキシーの言い返しにも、気にもとめずルーベウスの風が渦巻く。
「でもさ、どこまで追いつけるかな?」
「ちっ」
ロキシーとルーベウスが激突するたび、衝撃波が訓練場や王城の窓が震えると、王立学園まで衝撃が伝わっていた。
シュゴを呼びに行ったルカが、訓練所に戻ってくると、惨劇のあまり言葉を失って、立ち尽くしてみていた。
「…止めないと、本当に死人が出るぞ」
シュゴの額から嫌な汗が流れ落ち、ロキシーとルーベウスの目だけが、静かに燃え続けるのだった。
堪忍袋の緒がプッチンプリンしちゃいましたよ。ロキシー(*ノω<*)




