闇に染まるロゼッタ
闇の城で目を覚ますロゼッタ。謎の男が、ロゼッタの覚醒を擽る。
闇の城は、音を呑み込むような静寂に包まれてい た。
天蓋は深紅のベルベット。重く垂れ下がり、外界を 完全に遮断している。
黒曜石で造られた広い寝台の中央で、ロゼッタはゆ っくりと意識を取り戻した。
まぶたが重い。
けれどそれ以上に──背中に感じる温もり。
視線を落とした瞬間、自分の腰に回された男の手が 目に入る。
長い漆黒の髪が枕に流れ、端正な顔立ちは人間離れした、美しさと妖艶さを持っていた。
まるで闇そのものが形を成したかのような。
「だれ、な、なに?」
ロゼッタは反射的にその胸を押しのけた。
男の身体はわずかに揺れ瞼が持ち上がる。現れたのは、金を溶かし深淵を覗き込んだような瞳。
その視線に射抜かれた瞬間、胸の奥がひやりと冷える。
「目覚めたか」
低く、甘く、耳元で溶ける声。彼は自然な仕草で身を起こすと、逃げようとするロ ゼッタの頬へ、そっと手を添えた。指先は冷たい。その冷たさが、逆に心地よく感じた。
「ここは、お前の城だ」
懾きは吐息と共に落ちる。
「誰にも邪魔はされない。 復讐でも、略奪でも、お前の望むままに生きればいい」
その言葉は、あまりにも甘美だった。喉の奥がひくりと震え、堰を切ったように涙が溢れ 出す。
「どう…して、そんな…こと」
ロゼッタの声が崩れ、子供のように泣きじゃくる。彼が静かに、私の抱き寄せる。その腕は優しく、ただ何も言わないまま。彼の唇が、彼女の耳元に近づく。
「お前に見せてやろう。真実を」
手を掲げると闇が揺らぎ、空間に映し出されたのは、自分の屋敷の庭園。
姉、マリエットに寄り添うロキシーの姿が映る。ロキシーが、心配そうにマリエットを慰める姿。
ロキシーの指先が、優しくマリエットの頬に触れている。映像をそれから、毎日、毎日私に見せる。それはただの、場面のはずだった。
だが────
ロゼッタの胸の奥で、何かが軋む。
「どうして、私は手に入れたり欲しいと思うものは、奪えないの。お姉様は、欲しいと思わなくても手にしているのに…」
自分は一度も、あんなふうに男性から見つめられたことがない。心配されることも、守られることも、 "選ばれる"ことも。耳を塞ぎ首を振るロゼッタに、彼がソッと肩に触れる。声が、すぐ傍で曝く。
「ずっとお前は、一人ぼっちだった」
「違う、違う…」
激しく首を振るロゼッタに、彼が続けるように語りかける。
「ロゼッタの姉は、周りからいつも心配され、守られ、愛される存在なのに、お前は一度も、心が満たされないのは、何故だろうな」
その言葉は責めるでもなく、慰めるでもなく、 ただ"事実"のように落ちた。
「私が満たされないのは…」
否定しようとした瞬間、過去の記憶が胸を刺す。
笑顔を振りまいても、どこか冷たい視線。友達ができても、仮面を被り満たされない日常。癇癪を起こせば、我儘なロゼッタと告げ叱責する声。 そのすべてが、今になって鮮明に蘇る。
ーそうだ。お前は誰からも愛されず、孤独に死ぬだけの惨めで、哀れな人間だからだ。
彼の囁きで、ロゼッタは顔をあげる。そして映し出される二人を見て狂気じみた笑いが腹の底から響き渡った。
─何もかも奪えばいいんだ。その考えは、驚くほど自然だった。途端に、体の内側から冷たいものが広がる。心臓が一度、大きく脈打つ。
─どくん。
空気が重く沈み、燭台の炎がふっと細くなる。 ロゼッタの栗色の髪色が、毛先からゆっくりと色を失い漆黒の黒に染まり始める。それは激しい変化ではない。まるで、ずっとそうなる運命だったかのように。瞳の奥に滲んだ涙が、光を反射しない、深い紫色の瞳色へと、変わりロゼッタの、面影は完全に消滅した瞬間だった。
「とても、気分がいいわ…」
喉から漏れた声は、甘い吐息のようだ。ロゼッタの瞳から赤い零が一筋、静かに落ちた。それは悲しみの涙ではなかった。
「全てを奪えばいいのね」
ロゼッタの微笑みが浮かぶが、目は笑っていない彼女の姿を見た、彼の瞳が細くなりまた抱きしめられる。
「今日から、君は新しく生まれ変われたんだよ」
「そうね…でも何かが足りないわ」
彼の腕から離れると、椅子に座り考えるロゼッタの足元に落ちた影が、わずかに揺らいだ。
最初は、灯りの揺れのせいかと思うほど小さな変化だったが、次の瞬間ゆらり、と黒く波打つ。床に張り付いていたはずの影が 液体のように持ち上がり、細く伸びる。ロゼッタは気づかない。彼は、その生まれようとする影の気配に静かに目を細める。ゆっくりと彼女の背後へ立ち上がり、 人の輪郭を描き始めた。やがて、それは一人の成人した男性の姿となった。
銀灰の長い髪が揺れ、 闇を宿した赤黒い瞳が、怪しげに輝き、完全に形を得た瞬間、ロゼッタの座る椅子の前で片膝をつき頭を下げる。
「─主様、お呼びでしょうか」
その声は低い問いかけに、ロゼッタが視線を下げる。
「主様の影より生まれし者。あなたの憎悪が、形を持った存在にございます」
影が主を見上げる。ロゼッタは、ゆっくりと手を差し影の前に出す。その仕草は自然で、迷いがない。影となる男が、その手を取り、甲ヘと口づけた。主に忠誠を誓う瞬間、ロゼッタは高揚感に満ち溢れた笑い声を出すのだった。
ロゼッタが進化しまして、悪女として何を企むのか...もう少し、ロゼッタ編が続きますがお楽しみに!




