星空に願う兄の想い
ノワール国王陛下の急変を知らせる連絡が入り、転移魔法でオリエンダ王国に戻るオルハートたち。だが、メルの命の灯火も、消えかかるそんな最後の夜に·····
メルの過去の記憶を取り戻してから、数日が過ぎ去った。変わらぬ日常の中に身を置きながらも、ときおり物憂げな眼差しを、空を見上げて瞳に宿るその影に、答えに繋がらないもどかしさを、剣の稽古に打ち込む日々を 送っていた。メルを守れるカを、その手に得るために。そんなある日、屋敷の廊下をオルハートが血相を変えて駆けてくる音が響いた。扉もノックもせず、シュゴの部屋へと飛び込む。
「シュゴ、父上の·····容態が急変したと····」
オルハートの震える手に、シュゴはすぐに立ち上がり
「オル、落ち着け。慌てても意味が無いだろう」
オルハートを椅子に座らせ、肩を叩いた。ノワール国王陛下の呪いが、 急に進行していていつ急変するか分からないと、オルハートから聞いたシュゴは、すぐに全員を食堂へと呼び集め、ノワール国王陛下の容態が危ないことを聞いた誰もが言業を失っていた。
――その沈黙を破ったのは、メルだった。静かに椅子から立ち上がると、皆に
「私とキールお兄様で転移魔法を使えば、オル兄様の国へすぐに行けます」
「だが、力を使えば、シルフィーの身体への負担が·····」
キールがふいに言葉を濁した。メルが真実を知ってしまえば、きっと自分を犠牲にすることを選んでしまうと、危惧してか、誰もが口を噤んだ中、小さく首を振るメルの瞳には迷いなど微塵もなく、真っ直ぐにオルハートを見つめていた。
「キールお兄様、自分のことは、自分で決めます。それに、私の命を助けてくれたオル兄様が困っているのに、助けずに見捨てる方が、私は嫌です」
一ーメルの言葉に、反対を口にできる者はいなかった。沈黙のまま領きが広がり、メルの決心を尊重する形で、オリエンダ王国への帰還の準備を進める中で、ロキシーは視線を逸らし、拳を強く握めていた·····
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月の光とは、古代エルフの血に宿る"浄化"の光。魔王族の呪いの根源を焼き切る唯一の鍵でもあるのだが、その力の解放と、封印の鍵を使えば、使い手の命も消える。力を完全に解放すれば、シルフィーは"この世"には、存在できなくなる·····自分が鍵"であることも、扉を開けば壊れてしまう"存在"なのだと·····
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「·····オル、オルハート聞こえるか? 」
突然、銀の指輪から、師匠の声が響いた。食堂で明日の計画を話していた、ー同の手が止まり、空気が張りつめる。
「はい、師匠聞こえています 」
オルハートの表情が一気に強張り、声には焦りが、渉んていた。
「今、魔術士と魔法士で、ノワール国王陛下の生命維持と呪いの進行を遅らせる、魔法結界を張っているのだが···予想以上に、呪いの進行が早い。お前に託された薬も飲ませたが、朝までもつかどうか·····」
師匠の声の向こうで、泣き叫ぶ声が混じる。 それは、オルハートの母、リズの叫び声だった。食堂の静寂が、一瞬にして、緊張に染まる。オルハートは奥歯を食いしばった。
「では今夜、今すぐ、出発します」
メルが、椅子から立ち上がりキールを見つめる。杖をキールに手渡し、ゆっくりと夜の空を見上げた。魔法陣の中心に進むと、メルはそっと膝をつき、両手を胸の前で組み、 祈るように魔法を紡ぎはじめる。その声は、風のように優しく、だが芯のある響きで、 間夜に魔力の波を広げていく。
「手を繋いだまま、 離れないように!」
キールの指示に従い、皆が急ぎ用意を済ませ、魔法陣の中に集まる。手と手が繋がれ、最後にキールがメルの手をそっと握った。その瞬間、魔法陣が弦い光を放ち、夜空に煌めく星々を巻き込むように光が渦を巻いた。一瞬の関光のあと、風景が変わり深夜の王城の庭先へと転移していた。オルハートたちは、ゆっくりと目を開くと、メルが、石畳に倒れていた。
「シルフィー!シルフィー!!」
キールが駆け寄り、シルフィーの身体を抱き上げた。薄く目を開け、キールを見つめた。
「少し·····魔法使いすぎちゃったかな·····」
メルの顔色は蒼白で、魔力を使い果たした証が明確に浮かんでいた。オルハートが侍女たちに命じると、侍女たちは迅速に部屋を整えに走り、すぐに寝室の支度が用意され、キールはそのままメルを抱きかかえ、寝室へと向かい、柔らかなベッドの上にメルを静かに横たえると、その額に濡れた布をそっと当てた。
「シルフィー、今夜はゆっくり休もう」
キールの声は、どこか震えていた。メルはすぐにでも、国王陛下を助けたい気持ちはあったが、キールの心配する瞳や表情を読み取り、明日の朝に·····と、ベッドに横たわった。
「·····シルフィーを·····失いたくないんだ·····」
キールはメルの身体をそっと抱さ寄せ、強く抱きしめるその腕が微かに震えていた。
(お兄様が、泣いているーー)
そう感じたメルは、優しく彼の頭を撫でる。
「·····きっとまた、会えますから·····」
メルのその言葉に、キールは息を呑む。
「シルフィー·····まさか、全て知って····」
と、メルに問いかけようとしたとき、指先をそっとキールの唇に当て、首を横に振った。隣に座るキールの手を握ると
「だから今夜は、傍にいてください」
と穏やかにメルは微笑んだ。キールは黙ってベッドの端に座り、その手をしっかりと握るとメルは目を閉じる。
外では、月が雲間に静かに姿を現していた。 目を閉じながらメルの声は、微かだったが、確かにキールには、聞こえた。
「小さい頃、キールお兄様と夜の空を見上げた、満天の星と、月の光を今でも思い出します。またお兄様と、お母様やお父様とも、見れたらいいな·····」
キールは息を呑む。真実に気づいていたというだけでな く、それを"受け入れていた"という事実に、言葉を失うキールは、メルの手を強く握った。
「必ず、また一緒に見に行こう·······」
キールの言葉が、詰まり途切れた。明日、メルが消えてしまうのではと不安の中、どんな結末が訪れたとしても、兄として、 最期まで妹の手を離すことはないと――
窓の外の月が雲に隠れ、 部屋は静かな闇に包まれた。その闇は恐怖ではなく、二人をそっと見守るかのように優しい夜の帳だった。そしてキールは、 その夜を越えるまで、 妹の傍に寄り添い、静かに祈り続けていた。
(父上、母上どうか·····シルフィーを·····妹をお守りください·····)
キールの瞳から、静かに涙が頬を伝うのでした·····
描写の表現不足、誤字脱字、漢字変換ミスなどまだまだございますが、生暖かい気持ちで読んでもらえると嬉しいです。
読書の皆様に作者からのお願いごとです。
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