蘇る過去の記憶
記憶の中に朧気に写ったその人の声に振り返るメル。しかし、メルの過去の記憶を聞いて誰もが口を閉ざしショックから倒れるメルを支えるロキシー。更に、衝撃的な話をロキシーは立ち聞きしてしまうのであった·····
風が優しく、緑の芝を撫でる。メルは、懐かしい声を聞いて後ろを振り返った。赤いリボンで束ねられた白銀の髪が、風に揺れて、メルの目に映る。逆光の中、そこに立っていたのは、 記憶の奥にしまい込まれた"――"だった。メルの心臓が高鳴る。その眼差し どこか懐かしく、どこまでも優しくて――
「―― キール·····お兄様?」
ぽつりと漏らした声は、やがて歓声へと変わり、メルは、芝生を走り体を突き動かした。
「キールお兄様っ·····!」
メルは駆け出し、涙を浮がべながら、キールの胸元へと飛び込む。メルの目の前に立つ、男の名はキール・ラバン。エルフ族の王族にして、メルの実の兄。
「ずっと、ずっと君を探していたんだ。すぐに見つけられなくて、辛い思いばかりさせて、本当にすまない·····」
「·····こうして、また会えただけで私は、嬉しいのです。」
メルは震える手で、キールの服をぎゅっと掴んだ。そして堪えきれずに涙が零れる。キールもまたメルを、抱きしめ、髪を優しく撫でる。指先が触れるたび、懐かしい、兄の温もりに涙するメルの姿を、オルハートたちは、静かにその再開の場面を見つめていた。草原には風が吹き抜け、陽が少しだけ傾いていく。
⟡.⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.
「晩御飯の用意ができたぞ!」
庭先から、ギルの声が響いた。
「メルの好きな、焼きたての白いパンに、ゴロゴロ野菜と肉のスープ、木苺のジャムもあるぞ!」
その声に、メルのお腹が正直に答えて、ぐうっと鳴った。恥ずかしそうに、キールの胸元から顔を上げるメル。
「お腹が、鳴りました·····」
「相変わらずの食いしん坊でよかったよ」
「まあ!キールお兄様、私そんな食いしん坊じゃありません!」
胸元を叩くメルにキールも、釣られてふっと笑みを浮かべながら、メルの頭を撫でた。
「私が悪かった、さあ、皆で食事に行こうか」
皆で食堂へと向かう。和やかな食時の時間が流れた·····焼きたてのパンの香り、スーブの湯気、そして皆の笑い声が、メルの心を優しく包んでいた。食後、キールとメル、オルハートたちがその場に残って、紅茶を飲みながら、キールがふと静かに口を開いた。
「·····メル、君には辛い記憶になるかも知れないけど、過去にあった話を、皆に話そうかと思ってる」
メルは少し不安げな顔をすると、ロキシーがメルの手を握り、オルハートとシュゴの顔を見ると、いつもと変わらない優しい眼差しに、キールを見て、領いた。
「200年ほど前の話になる。メル、君の本当の名はシルフィー。エルフ族の王女として生まれたんだよ。中でも"月の加護"を受け継いだ、特別な存在だったんだ。だからこそ、エルフ王国はシルフィーの力を、外の世界には漏らさないように、ひた隠しにしていたんだ·····」
キールの寂しげな表情に、メルの瞳が少し揺れる·····だが、それはやがて、胸の奥に封じていたメルの本当の記憶を揺り起こした。
「その日、シルフィーと私は、いつもより森の奥へと足を運んで、薬草や木苺を摘みに、二人で出かけたね。帰りがいつもより遅くなってしまい、ちょうど夕暮れ時·····」
キールの声が徐々に沈み、喉が鳴る。
「そして、森を抜けた先で、目の当たりにしたのは、エルフの国が、真っ赤に燃えていたんだ·····」
キールは小さく息を呑んだ。忘れたくても忘れられない光景が、メルの目の前でフラッシュバックするように、鮮明に記憶が蘇り、メルの顔色が曇り始める。
「至る所に同族の遺体が転がり、無惨な殺され方だったんだ·····辛うじて生きのある民を助けようと魔法を使ったが、私たちの目の前でも為す術もなく、命を落としていた。シルフィーは、あまりの恐怖から、私にしがみついて、離れなかった。父上や母上の安否が気になり、シルフィーの手を引いて、王城まで必死に走った。しかし城の中では·····」
キールの声が、震えていた。
「私が城の扉を開けた時、そこには、母上の亡骸、魔族が、父上の首を掴んでいて·····リシェル陛下の心臓を貫こうとして····」
キールの震える言葉に、メルが持っていたカップが、カタカタと震え始めた。
『お母様!お父様!いや·····やめてぇぇぇ!!!』
メルの呼吸が浅く吐き出され、ロキシーの手をギュッと握った。
「そのとき、君の中に眠っていた"月の力"が、目覚め城全体が、白銀の光に包まれると、ほとんどの魔族は消滅したのだが、一人だけ生き残った者がいたんだ·····その名は魔族の王、カルロラ·····」
「········カルロラ·····」
『そなたの力を、我が国で使うといい』
"カランッーーと、カップが床に落ちて砕けた。メルの体がカタカタと震えて、顔は真っ青になり、唇がわずかに開いたまま言葉を紡げない。
「息を吸うんだメル!」
慌てて、メルの肩を支えるロキシー。
「メルを先に、寝室まで運びます」
スッと椅子から立ち上がると、メルを抱き上げ食堂を後にした。メルの頬がロキシーの胸元に触れると、彼女のひんやりとした温度が伝わってくる。メルは瞳は閉じたまま、まるで悪夢の中に沈んでいくようだった、慎重に、ロキシーは食堂を出て、廊下の灯りが足元を照らし、足音だけが空気を震わせる。
⟡.⎯⎯⎯メルの部屋⎯⎯⎯⎯ ⟡.
ベッドの端に膝をつき、ロキシーはゆっくりと腰を落とし、 メルの体を抱く腕に、そっと力を込め直す。不用意に傾けけてしまえは、メルの体が崩れ落ちてしまう気がして、ゆっくりゆっくりと、背中から先をベッドの上に彼女を降ろす。沈むシーツの感触が伝わり、メルの長い髪がさらっと枕に広がった。ロキシーは、彼女の頭を片手で支えながら、枕を滑り込ませると、浅くではあるが、呼吸しているメルを見て、ロキシーは胸を撫で下ろす。
「·····ロキシー?」
「メル、ここにいるよ·····」
メルの体にそっと、冷えないように、ブランケットで包み込む。
(ーメルが、こんなにも傷つく瞬間が来るなら、その痛みすらも、変われたらいいのに····)
今はただ、メルの傍にいることしかできない。静寂の中、メルの呼吸が少しずつ落ち着いていき、ロキシーはベッドからそっと立ち上がる。
「·····もう少し傍にいて」
メルの手が、ギュッと服の端を掴んでいた。ロキシーは、黙ったままベッドの縁に、腰を下ろし、ソッとメルの手を握った。
「メルが眠るまで、傍にいるから·····」
ロキシーそっとメルの髪に手を伸ばし、優しく髪を無でると、メルは安心するかのようにロキシーに身を寄せ、その温もりを確かめるように、メルは静かに目を閉じた。暫くしてメルの寝息が間こえ涙の跡が、頬に残っている。ロキシーは、そっと指先で涙を拭いながら
「おやすみ、メル·····」
静かにベッドを離れ、寝室の扉をそっと閉めた。廊下を歩きロキシーが、食堂に戻ろうと扉の前に差しかかったとき、 中からキールの声が聞こえた。手を伸ばしたドアのとってから、手を下ろすロキシー 。
――それは、 キールの重く低い声だった
「"月の力を"·····光の解放をあと一度でも使えば、シルフィーは、メルは完全に消滅してしまうんです·····」
オルハートたちが椅子から"ガタンッ"立ち上がる音が廊下に響き、ロキシーの足を止めた。
(メルが·····消滅ー一?)
体中に冷たいものが走った。手が震え倒れそうな膝に力を入れた。
(―― そんな......メルが......)
目の前が暗くなるのを感じたロキシーは、扉の前から走り去ったのだった·····
描写の表現不足、誤字脱字、漢字変換ミスなどまだまだございますが、生暖かい気持ちで読んでもらえると嬉しいです。
読書の皆様に作者からのお願いごとです。
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