第九話 これは天啓かもしれません
突然の事に私達は驚きましたが危険はない事が分かりました。落ち着きを取り戻したエルシア様が確認しました。
「貴女がどうしてここにいるのよ?」
「あん? フリングルの生意気な小娘か。つーことは此処はフリングル城じゃな。随分遠くまで来たもんじゃ」
「私は貴女より年上なのだけど……」
やれやれとソルカさんは右に左に辺りを見渡しています。
「小さい方の小娘に……生意気な双子の餓鬼どもか。んん、お前は誰じゃ?」
「あ、はい。私はレティシアお嬢様の侍女スエレです」
自己紹介をしますがソルカさんの反応は良くありませんでした。何か不手際があったのかと思っていますとノルカさんが口を尖らせていました。
「ママ違うよ。ソルカはママの事をちゃんと知ってるでござる」
「まあ、知らん事もないが覚える程ではないってことじゃ」
悪意とまでは言いませんがソルカさんは私に対してあまり良い感情を持っていないようでした。
エルシア様が呼び鈴を鳴らすと扉が開いてメノアさんとサキさんがが現れます。お嬢様と双子ちゃんを部屋から連れ出しました。私も退出しようとしましたがエルシア様が視線で残るように仰っていました。
「それで私の質問に答えなさい」
「はん? 馬鹿師匠から逃げてきたんじゃよ」
「師匠……貴女の師匠はイーギア大将でしょう。何があったのよ」
その場にソルカさんは胡座をかきました。振る舞いから気づきにくかったですが疲れがあるようでした。
「お前で良いのか? 儂は公爵に伝えるつもりじゃ、或いはテアトル大将にな」
「公爵の前に私が代理で聞くわ。不満があるのかしら?」
お二人の視線が互いを射抜くように交差します。それからソルカさんが口を開きました。
「儂は帝都の……いや、帝城地下に繋がる通路の警備を任されていた。儂の師匠であり上官の命令であるが、ちと不満に思ってのう。まあ、あれだ。出来心があったんじゃ」
「大将の命令を無視したという事?」
ソルカさんは肯定します。
「まーそうなる。……そもそもよ。帝城地下への道の警備など胡散臭さしかないものだ。そんで気になったから何を大層に護ってるのか見に行ったわけじゃ……大きな黒い氷があった。ありゃ元帥の魔力で造られた氷じゃな」
黒い氷……間違いありません。氷の中に……
「それでイーギア大将に見つかって逃げてきたって事ね。よく逃げられたわね」
「あん? 儂にかかれば容易いことじゃ。
……まあ、大教授から借りた転移石を使用したがな」
掌を開いて割れた黒い丸石を見せてくれました。転移石のようですが割れてしまって使えないようです。
「分かったわ。私達の目的は変わらないし問題はないわね。それで貴女はどうするの?」
「あん? 儂には良く分からんが地下の氷と何か関係あんのか? いや、まさかお前達は……」
「はい。私達は旦那様を助けたいんです」
迷い無くはっきりと答えました。私が答えた事にエルシア様が少し驚いていましたが咎めることなく肯定してくれます。
「……そういうことか。氷の中は大教授か……有無、繋がってきたな。……姉者もか? 姉者もあの化け物共と戦うつもりなのか?」
「勿論でござる。師匠も元帥も邪魔するなら斬るだけでござるっ!!」
ソルカさんは困惑と歓喜の混ざった複雑な表情をします。それから──
「……姉者はやはり面白いのう。ならば儂も手を貸そうぞ。良いなエルシア?」
「ええ構わないわ。手伝って頂戴」
柔らかく笑います。失礼な事ですが今まで見たエルシア様の笑い方で一番優しく見えました。
「それじゃ二人とも手を出して」
「なっ!?」
「むっ、姉者っ」
ノルカさんが二人の手を取って握手させました。
「これで一件落着でござる」
「落着も何も落ち着いていないわよ。まあ良いわ。取り敢えず宜しくね」
「ちっ、姉者の顔を立ててよろしくしてやる。だがこれっきりじゃ」
手を離すと私の方をじっと見ています。何かおかしな点があるのでしょうか?
「お前、もしかして記憶ないのか? 儂がお前誰だって質問したら素直に答えていたが、本来なら知ってる相手に取る対応じゃないじゃろ」
「はい。仰るとおりで私は記憶を無くしております。ソルカ様の事も忘れていますので不手際はお許しください」
「……記憶は無くても性格は変わらんな」
興味が無くなったのか私から視線を外して部屋を出ました。エルシア様も一緒に付いていったので公爵様にお会いするようです。
「ママごめん。ソルカは何故かママにあんな態度を取るのでござる。後で言っておく」
「いいえ、私は気にしていませんから。それに旦那様をお助けするのにソルカさんのお力は必要ですよね?」
「うん。ソルカは頼りになるよ」
ニコニコしています。ソルカさんとは仲が良い姉妹との事でノルカさんは嬉しいみたいです。
「拙者、師匠も元帥も斬るつもりと言ったでござるが実力としては敵わないのが事実……でもソルカと一緒なら出来るかもしれない。あとリロ君がいれば百人力でござる」
「リロ君? ノルカさんのお知り合いですか?」
何度かノルカさんが言っていたから聞き覚えがあります。それだけでなく記憶を無くす前に知ってる方だと確信があります。
リロ君、私も同じ呼び方をしていたような気もします。
「うん。拙者の親友、それから兄者の妹でござる。紺色の魔力を持ってる健啖家さんでママの料理が好きだったでござるよ」
旦那様の妹で双子ちゃんから見れば叔母に当たる人になりますね。
「なんだか本当に兄者を助けられるような気がするでござる。だからママは心配しなくてよろしいでござる」
私は泣きたくなる気持ちを抑えて笑います。旦那様を助けようと思っている方は多くいます。
ノルカさん、公爵様、エルシア様、テアトル大将、フォン皇太子殿下、メノアさん、サキさん、フロマージュちゃん、アイリッシュちゃん、お嬢様、ソルカさん……記憶が無くなっても断言できるほどに頼りになる人達です。
そして旦那様の妹であるリロ君……この方が重要なピースを担っていると私は天啓のような確信を得ていました。
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