第六十八話 お米騒動
今回から数話続けて過去の話になります。
時系列としては第一話より少し前になります。
今日は旦那様が帝都で重要な会議を終えて戻ってくる日でした。だから公爵城で待つ私は少しだけ浮かれたような気分でいました。
今は図書室でマージュちゃんとお嬢様が本を読んでいます。
静かなのですが遠くから大きな音が近づいてきます。何事かと廊下を覗くとノルカさんが背丈を大きく越える風呂敷を背負ってきました。
「あんた、何背負ってんのよ?」
マージュちゃんが読んでいた本を閉じて尋ねます。背負っているものの大きさに少しだけ引いていました。
「お米」
風呂敷を解くと米俵が10個姿を表します。一つ60kgと想定すると総量は600kgですね。
「盗んできたの?」
「いや!? 実家から収穫したんだよ。しかももっと持ってきたよ。折角だから皆で食べようと思って」
「……母さんに作らせるつもりなのね」
「うん。だけどママだけだと大変だから拙者も手伝う」
床に置いた米俵を見てお嬢様が目を輝かせていました。これはお嬢様の好奇心センサーに引っかかったみたいです。
「皆で作ろう。私も師匠やお兄さんのお祝いしたい」
実は城内ではパーティーの準備をしているのです。内容としては一月前の大討伐の戦勝祝いと大討伐で功績を挙げた旦那様の昇格祝いなのです。
ただ詳しい内容については私は伏せられていてよく分かっていません。
ノルカさんは事情を分かっていますが話題を触れると露骨に逸らします。立場的に知ることのできない内容なのは察させるので深掘りはしませんが少しだけ寂しく思えます。
そんな事を考えても仕方ないとお祝いの事に切り替えます。私もお嬢様と同じで旦那様達をお祝いしたいのです。
「分かりました。では準備しましょう。……でも人手がもう少し必要ですね」
体力だけであればノルカさんは100人……1000人力です。でも手数は必要です。
「お姉さんのメイドさん達に手伝ってもらう?」
「いえ、エルシア様は今回の主催です。サキさんを始めとした使用人の方は役割がある筈です」
仮にお嬢様が人手を欲しいと言えば二つ返事でエルシア様は応えてしまうと思います。ですがそれだとパーティー事態に大きな混乱を招く可能性があるので避けたいです。
「皆、忙しそうでござる。あ、だったら暇そうなのを連れてくるでござる」
「ノルカさん、何処からですか?」
結構重要な質問です。暇そうな人は良いですが、何処から連れてくるのか? その人は安全なのか? 警備上の都合は問題ありませんよね?
「私も母さんと同じ考えだけど、誰を連れてくるのよ?」
「だから暇そうなのをだよ。今、いっぱいいるでござる」
私とマージュちゃんは顔を見合わせますが合点がいきません。
「あーその手ですかぁ」
理解の声を出したのは、いつの間にかいたメノアさんでした。
「でもそれって良いんです?」
「だって役立たずだよ」
「役割上の問題であって役立たずではありませんよ。それにノルカさんは直接の指揮権お持ちでないですよね」
話が少しだけ見えてきました。恐らくノルカさんは今回のパーティに参加する公爵領の軍属の方を利用するつもりのようです。
ついでに指揮権がないと言ったのはフリングル公爵領の指揮権がないと言う意味です。ノルカさんにあるのはボルテク大公領、厳密にはご実家のアリカ辺境伯領の軍事指揮権です。
「ベル殿に頼むから問題ないでござる。この手の事は好きだから快く引き受けてくれるに決まってると思うよ」
「まあ、確かにベルウッド様ならそうかもしれませんが……」
ベルウッド少将、旦那様やテアトル大将と同じフリングル公爵領の将官です。
体格が大きく存在感もある男性ですが気品と礼節を重んじる優秀な人です。
でもメノアさんの立場からすれば軍属の人を準備に駆り立てるのは気が進まないようです。
「それでしたら公爵閣下に確認してみます」
最終判断するのは公爵閣下ですので直接確認するのが吉だと思いました。今回のパーティーの人員や予算はエルシア様に一任していますが、そもそも軍の指揮系統は公爵閣下の直属ですので軍属の人員を動かす許可は絶対必要になります。
元々公爵閣下にお会いする予定であったので都合も良いのです。
「スエレさん助かります。ではお嬢様、私達は準備に取り掛かりましょうか」
「うん。………重い」
お嬢様が米俵を持とうとしますが流石に持てませんでした。だからノルカさんが代わりに持ちました。
「うー、ありがとう。運ぶのは難しいね」
「まだ幼いから仕方ないよ。代わりにお米が炊けたらいっぱい握るの頑張れば良いでござる」
「うん。頑張るね」
お米を運ぶのを見ているとマージュちゃんがジィっと私を見ています。
「母さん、行こ」
「あ、はい。そうですね」
私よりしっかりもののマージュちゃんでした。
公爵閣下は執務室でリッシュちゃんと盤上の遊戯をしていました。多分、チェスをしていたみたいです。
座っている公爵閣下はそれだけで絵になると言いますか圧倒的な存在感を放ち場を支配していました。
「すまない。時間をかけていた。」
私達に気づき声を掛けてくれました。
「いえ、時間は問題ありません。お邪魔でしたか?」
「いいやそんな事はない。丁度終わったところだ。まあまあ、楽しめた」
何処か御満足な公爵閣下です。一方でリッシュちゃんは微動だにしません。
「それなりにやる」
褒めています。でもリッシュちゃんは……ものすごく悔しそうでした。
そもそも二人が遊んでいたのは三ヶ月前に公爵閣下がリッシュちゃんを鍛え上げると仰ったからです。
私としては初めて聞いた時、不安がありましたがリッシュちゃんが乗り気だったのもあり見守ることにしました。
勉学、運動、模擬戦、遊戯と様々な事を毎日二人は行っています。
多忙な公爵閣下の手を煩わせて良いのかと思う事はありますが公爵閣下曰く『投資としては上々、また私にとって息抜きになる』と仰られれば私としては受け入れるだけです。
また、旦那様とお嬢様が特に反対しなかったのも安心できる理由です。
「それで何か私に伝えたい事でもあるのか? 取り敢えず掛けろ」
「は、はい。実は……」
席に座って事情を説明すると公爵閣下は大きく溜め息を吐きます。
余談ですが公爵閣下が溜め息を大きく吐く理由の六割が旦那様が原因で三割がノルカさんが原因です。
「厄介ごととまでは言わないが、面倒な事を……米をな……まあ良い、奴の言うことも一理ある。待機が続き怠けている連中を動かす良い機会ではある。フリングル公爵として許可する。ベルウッドの指揮の元、好きに動員させろ」
「ありがとうございます。でも本当によろしかったでしょうか?」
一応の最終確認を取ります。ですが公爵閣下相手では無用の長物な気はします。
「ああ、問題ない。人員の選抜と動かし方もベルウッドなら間違いない。……そうだな一つだけ私から提案すると巻き寿司を用意して欲しい」
「エルシア様の好物でしたね」
エルシア様はお米が好きですが、その中でも巻き寿司を好んでいます。好きな具材はアボカドだったので忘れずに用意しておきましょう。
「私も好物なんだよ。昔、皆で食べたのが忘れられないんだ」
『昔』と『皆』、この言葉に公爵閣下が特別な意味を持たせているのは察せられました。
「少し話をしよう。幼き日の私と師と後の連れ、そして当時の大教授の話を」
いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。
次回は再来週こ水曜日の18時〜20時の更新になります。
また、不定期に過去の話の修正と加筆を行う予定です。
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