第六話 私も参加したいです
エルシア様が舞踏会の準備を始めると発言された後、私は何故かエルシア様と踊っていました。
エルシア様はただでさえ絶世の美女であるのに、髪色と同じ赤いドレスを着たお姿は女神様すら凌駕する美しさです。
私は足を踏まないように気を付けながらエルシア様のリードでなんとか踊りに付いて行きました。そんな私をエルシア様は満足そうに笑みを浮かべています。
「流石ね。忘れていても身体に染み付いた技能は嘘をつかないわ」
「……いえ、エルシア様がお上手なだけです。ですけど私で練習になりますか?」
エルシア様は男性役をしています。舞踏会本番では婚約者の皇太子殿下と踊られる予定です。
「ええ、気晴らしには最高よ。本番はくだらない奴と踊らなきゃいけないもの。メノアもそう思うわよね?」
「あはは、私は何も言えませんよ。でもお二人は絵になりますねー」
メノアさんが私とエルシア様をまじまじと見ています。私はメノアさんに着せ替えられて青いドレスを着ています。エルシア様の着ている赤のドレスの対になっています。
「ずるい。私も母さんと踊りたい」
「それは背が伸びてからね。今は我慢なさい」
エルシア様の言葉にムッとしながらもフロマージュちゃんは納得しました。私もフロマージュちゃんと踊りたいですので将来の楽しみにします。
「じゃあ拙者が踊る」
「じゃあじゃないわ。貴方は雑で品位にかけるから無理よ」
「何よぉ!! 拙者はソルカからこの世に一つの奇抜さを感じる独創的で他に類を見ない踊りと称されているでござる」
「遠回しに貶されているわね……」
言い合いになるノルカさんとエルシア様です。お二人はよく言い争ってるみたいですが仲は良いようです。
パチパチとレティシアお嬢様が拍手をしてくれました。
「良いなぁ。私もお姉ちゃんと行きたいのに」
お嬢様は今年で9歳になります。まだデビュタントしていないお嬢様は今度の舞踏会はフロマージュちゃんとアイリッシュちゃんと一緒にお留守番です。
フロマージュちゃんは侍女見習いでアイリッシュちゃんは護衛見習いです。将来が有望という事で公爵様から任命されたようです。
「がみがみがみのがみがみでござる」
「ぎゃあきゃあうるさい。……っち! 時間になったわ。名残惜しいけどお開きみたいね。サキ、どうなってるかしら?」
「はい。まもなくお戻りになります」
本日、フリングル公爵領に二人の人物が帰還します。
私も同伴したいと言われエルシア様、お嬢様と一緒に執務室でその方たちを迎えていました。
絵本から飛び出てきたような王子様みたいな方が私の手を握っていました。
「やあ、久しぶりだね。今日は双子ちゃんはいないみたいだね」
「殺すわよ」
エルシア様が大変お怒りです。私としては綺麗な人だと思いますが見惚れるような事はありません。
私の好みのタイプではなかったとのかと思います。
「お嬢様とノルカさんと一緒にいます。……その、フォン皇太子殿下ですね?」
「そうだよ。記憶喪失の話は聞いてるよ。大変だったね。それに彼のことは……」
彼……旦那様の事を言っているみたいです。
私がフォン皇太子殿下と話している間、公爵様がもう一人の男性とお話しされてます。
エルシアの説明によると旦那様の同僚でありレティシアお嬢様の兄君であるテアトル様です。
とても背が高く太り過ぎず痩せ過ぎてもいないです。ですが鍛え抜かれた身体と精神を持つ帝国三強の一人のようです。
「帝都グランヴァルでの夜会か。エルシアからも聞いていたが時期的に怪しいな」
「公爵どうする? 今回は規模が大きい皇帝だけでなくルクエール公爵とボルテク大公も出席する。俺はベルウッドと共に警護するつもりだ」
公爵様はタバコを口に……咥えませんでした。禁煙中らしく代わりに舌打ちをします。
「出席するしかないだろう。皇位継承を控えているこの時期に行うんだ。間違いなく」
「元帥の指示だな」
公爵様とテアトル様は同じ答えに至ります。
「エルシアとフォンは参加だが、スエレはどうするつもりだ?」
私の名前が呼ばれました。
「リスクを避けるなら不参加だ。レティシア付きの侍女だから不自然ではないしな。だがスエレ、お前の意見は?」
「そうね。貴女の意見次第ね。不参加でも問題ないし行きたいのなら認めるわ。でも行く時は覚悟しなさいね」
公爵様とエルシア様が私を見ています。お二人ともお優しいです。意見を聞くのではなく命令で済ませることが出来るのに私を尊重してくれます。
「私も参加させてください。少しでも旦那様を助けられる可能性があるなら行きたいのです」
迷うことなく意思を言いました。それに参加しなければ後悔するように思えたのです。
「分かったわ。貴女は狙われているかもしれないから常にノルカといるようにしなさい。あれでも辺境伯令嬢だからこの手の夜会では使えるわ」
「それとエイザーかベルウッドを付ける。……二人のことも忘れているのか?」
私は肯定します。テアトル様の部下のようですが思い出せません。
「それならベルウッドの方がいいわ。周りを良く見てくれるもの。それで良いかしら公爵?」
「ああ、異論は無い。舞踏会の間は問題が起こるとは思えんが警戒するに越したことはない。では各自の役割を果たせ」
公爵様の言葉で解散する事になりました。エルシア様と皇太子殿下は残って話があるようです。
私はテアトル大将と退室しました。
「他の連中にも言われてると思うが、アイツは無事だよ」
「旦那様の事ですか?」
「ふっ、旦那様か。その呼び方も良いな」
テアトル様の反応から私は別の呼び方をしていたのでしょうか?
テアトル様が剣呑な表情をします。視線の先には……
「っ! ……ノルカか。殺意を向けなくても良い」
「ぐがぁっ!! ママに触れるなでござるぅぅ!!」
ノルカさんがグルルと唸って威嚇しています。
「人の妻に手を出さないさ。嫌がる相手にもな。そこは誤解しないで欲しい」
「くたばれっ!! ボケェッーー!!!」
一瞬で間合いを詰めたノルカさんはテアトル様を思い切り蹴り上げました。
「……相変わらずの狂犬ぶりだな」
「ふんっ!」
蹴られたテアトル様は床に仰向けになりましたがすぐに立ち上がります。顔を蹴られたのに無傷でした。
私の肩に手が置かれます。振り向くとメノアさんがいました。
「ノルカさぁん。何をしてるんですか!? 大将を蹴っちゃ駄目です。スエレさんが引いてますよ」
「ん? …………ママ、ごめんなさいっ!!」
もの凄い速度でノルカさんが頭を下げています。泣きそうなお顔をしてます。
「えーと、ノルカさん私はテアトル様に何もされてません。だから蹴っちゃ駄目ですよ」
「分かったでござる。テアトル大将、ごめん。でもお前も気をつけろ」
謝ってくれました。でももっと丁寧に謝りましょう。
「まあ良い。怪我はしていないしな。前よりも俺を蹴る速度が上がってるのは中々に心強い」
テアトル様は特に気にしていませんでした。聞き逃していけない言葉があるんですがノルカさんは前にも同じ事をしたんですか!?
「俺は暫く帝都に戻って情報を収集してくる……俺たちは個々の我が強いが纏まりがないわけではない。アイツが居ないのは痛手だが、だからこそ必ず取り戻す。例え敵が誰であってもな」
そう言ってテアトル様は転移の光に包まれていなくなりました。
私も気持ちは同じです。誰が相手であっても記憶と旦那様を取り戻すつもりです。
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