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第四話 昔の事を教えてもらいました

 突然ですが私は城内の掃除をする事にしました。本来は侍女の仕事では無いですが私がしたいと思ったのです。

侍女に命令権があるのは直接仕える公爵家の方ですのでレティシアお嬢様にお願いしました。


「うん。いいよ。それじゃ皆でお掃除しよ」


 ニコニコとお嬢様が許可と共に掃除の宣言をされました。


「ちょっ!……お、お嬢様がお掃除ですか?公女様なんですから雑用は下々の者に任せて」

「うん知ってるよ。でも、わたしがやりたいと思ってるの。やっぱり駄目?」


 メノアさんが言葉に詰まらせていました。公女に仕える者として諌めなければならないと思っているみたいです。立場を考えれば当然のことで駄目なのは私の方ですね。


「あ、わたしが勝手な事をするとメノアさんがお母さんやお姉さんに怒られちゃう?」

「い、いえ、それは……そうかもしれませんけど、そうではなくて……」

「姉さん、掃除しましょう。公爵が何か言ってきたら『うるさい。馬鹿』って言えばいいのよ」


 箒を持つフロマージュちゃんが微笑を浮かべます。アイリッシュちゃんと共に掃除をする気満々です。

それにしても二人の格好は可愛いです。ちゃんと三角巾を被ってますしフロマージュちゃんは箒が似合ってます。


「メノアさん、もし公爵様がお怒りになられましたら私の責任にしてください。だからお願いします」


 私は深く頭を下げて了承を願います。メノアさんには申し訳なく思います。


「ちょ、ちょっと!? スエレさん頭をあげてください。私よりも貴女の方が立場は上なんですから」

「お願いします」

「お願い」

「とっとと判断しなさい」


 真似するようにお嬢様、アイリッシュちゃん、フロマージュちゃんが頭を下げていました。でもフロマージュちゃんその言い方は駄目ですよ。


「ひぃ……分かりました。み、皆でお掃除しましょう」


 メノアさんが折れて掃除担当のメイドさんと交渉して部屋の一室を掃除できるようになりました。

公女付きの侍女を任されるだけあってメノアさんはとても優秀です。

割り当てられた部屋に近づくとお嬢様が突然廊下を駆け出しました。危険はありませんがお嬢様から目を離してはいけないとすぐに追います。

追いつくと部屋の中で本を手に取っていました。私は部屋に入る前から予感がありました。

部屋の持ち主は……


「あ……この部屋」

「うん師匠のお部屋だね。魔術の本がいっぱいだね」


 お嬢様の師匠という事は私にとっての……

私は懐かしさと胸の奥が切なさに締め付けられる感覚に陥る。

フロマージュちゃんとアイリッシュちゃん、メノアさんも少し遅れてやってきます。


「ねえねえマージュちゃん、これ凄いよ」

「……うん」

 

 一冊の本をフロマージュちゃんに見せています。お嬢様曰く魔導書とのことです。読む事のできるフロマージュちゃんに読んで欲しいとせがんでいるみたいです。


「お嬢様、お掃除する事を忘れちゃってますね。スエレさんはお嬢様達を見ててください。私が掃除しますから」


 腕まくりして頑張るぞとポーズを取ってます。ですが甘えるわけにはいかないので首を横に振ります。


「いえ、私もお掃除します。忘れていましたけどこの部屋が私の……だ、旦那様のお部屋でしたら……お掃除したいのです」


 本心からの言葉です。私は、私の旦那様がどんな方な知りたいのです。その為に掃除を申し出たのですがメノアさんには本当に感謝します。


「ん、反則だ。ノルカさんの気持ちが少しだけ分かってきますよ」

「メノアさん?」

「お掃除しましょう。分からないことがあったら聞いてください。これでも侍女になる前は掃除メイドでしたから」


 本に集中しているお嬢様を見守りながら掃除をします。

掃除用具を手に取ると流れを理解しているのか自然と身体は動いて上から下に部屋を掃除していきます。

 

「スエレさんの記憶喪失は長期記憶障害とエピソード記憶障害みたいですね。言葉の意味は理解しているから意味記憶障害では無いです。それに掃除のスキルは全く衰えていませんから手続き記憶障害の類いではないかと思います」

「そうですね。お掃除は出来てもお掃除をした時の記憶はないですね。この部屋の……旦那様の事も思い出せないんです」

「……少し内緒話しましょう」


 指をパチンと鳴らしました。メノアさん曰くエルシア様に仕込みの周囲に音を漏らさない魔術のようです。


「ちょっと私の昔話しますね。私が侍女になったのは二年前なんですけどフリングル公爵家で侍女になるのは大変名誉なんですよ。公爵様は実力主義者な方ですから家柄だけでは選ばれないんです。だから貴女がレティシアお嬢様の侍女になった時は憧れてたんです。ううん違いますね。嫉妬してました。

私って酷いんですよ。なんで貴族でもない人が侍女になれたんだって思ってたんですから」


 嫉妬していたと云われましたが私はの心は不思議と落ち着いています。多分ですけど記憶を失う前に同じ話を聞いていたからだと思いました。


「でも笑顔の少なかったお嬢様がスエレさんといる事で笑うようになってきたんです。

公爵様は領主としては素晴らしい方です。でも親としてはクソです。母親としてはゴミカスですからね」


 人差し指を口元に置いて内緒ですよと笑ってました。私としては反応に困ります。


「長男のテアトル大将と公爵様とは袂を分かってます。テアトル大将はとてもマイペースな方ですから遺恨とかないようですけどね。

エルシアお嬢様とも仲が悪いです。此処だけの話ですけどエルシア様家出してたことがあったんです。

現在はお二人で会話することはありますが公爵と公女、というより皇太子妃としてであって母娘ではないです。

まあ、エルシア様は気性が荒い……いえ、とても気が強い方だから生来気が合わないだけかもしれませんね。

これはエルシアお嬢様がお戻りなった時の話で初めてあの方に会った時の話です」



 あの日の出来事はメノアだけでなくフリングル公爵家に仕える者達には忘れられなかった。



──六年前


 その日の天気は数年振りに季節外れの豪雨だった。

最初に気づいたのはメノアだった。気付けたのは彼女の才もあったが大きな理由は偶々であった。

見習い掃除メイドだったメノアは先輩メイドに連れられて城の隣接する鐘塔の掃除をしていた。

高所が苦手でないメノアは晴れていれば絶景だったのにと残念がりフリングル公爵領の外に広がる地平線を見る。

一面荒野であり見栄えは良くない。目線を元に戻っていくと帝国十景に数えられる巨大な門が映る。

敵を阻む為に作られた巨大な門である。門を超えた先には

城下町を護るようにフリングル城が君臨している。


「此処って凄いですよね。西側から攻められたら最前線が最終防衛ラインなんて」

「ええ、ですが歴代の公爵様の手腕により攻め落とされた事はありません。故にフリングル城は難攻不落と呼ばれています」


 先輩メイドが誇るように言う。メノアの教育係である彼女は公爵が幼い頃から仕えており公爵家への忠誠心が特に高い。

噂では公爵直々に侍女になるように要請されたが断ったと言われている。


「雨が酷いですね。戻りましょう。掃除は別日になります」

「はい」


 戻る前に地平線を見たのは深い理由もない。


「あれ? 人影? でもそんなわけ……」


 フリングル城を訪れる者は北か南から来ることが多い。それは整備された道があるからだ。西側から行商人や旅芸人が訪れる事はあるが季節が冬であるから時期的に考えられなかった。

 

「一人? いえ人を背負っている?」


 視力に自信があり魔力で視力を強化できる才を持つメノアであるから気付けた。

人影はとんでもない速度で城門に接近する。敵であれば問題でありメノアは先輩メイドに伝えようとしたが、それよりも先に門が大きく爆ぜ煙を撒き散らした。

強固に作られていた筈の門を貫いたのだ。

まだ若いメノアでも分かる。異常事態が起きた。


「な、何が起こって」

「敵襲……」


 先輩メイドが肩を震わす。異常事態だが異常だったと意味の分からない事をメノアは思う。

そして、他者より視力に優れていたから誰よりも先にその存在を認識する。


「敵襲なんでしょうか?」


 メノアの目に映るのは背中に人を背負った赤い傘を差した少年だったからだ。また、背負われている人物に見覚えがあった。


(エルシアお嬢様?)


 留学していると聞いていたエルシアが少年の背でぐったりしていたのだ。



「さて、予想はつくが何事だ?」


 傘も差さずに大変不機嫌なフリングル公爵が少年と向き合う。

人払いをしているのか近くには公爵付きの護衛と侍女しかいなかった。

豪雨でも傘を差さない公爵に護衛と侍女が慌てて傘を差し公爵が濡れないように必死になる。


「急いでいた。門は邪魔だから壊した。エルシアが毒を受けた」

「そうか。エルシアの件は感謝する。他に問題は?」

「暗殺部隊と交戦した。ノルカを人質にして逃走してきた」


 公爵は煙草を咥えると指先から火を出す。煙草に火をつけ感情を抑える。


「敵は全員倒したのか? いや、貴様が逃走したのなら残りがいるな。ノルカは何処にいる」

「後ろだ」


 忍び装束の少女泣きながら走ってくる。


「あ、兄者ぁぁーー!! 酷いでござる。拙者を置いていくなんてぇぇーー!!」


 喚くノルカを無視して傘を差す少年が歩き出す。


「エルシアの具合が悪い。魔術で時を止めているが早いに越した事はない。細かな事情は後でいいな」

「……ああ、構わん。その前に門を修繕しろ」


 忘れていたと少年は呟くと門の穴が開いた側面に触れると穴の部分から粘土のある液体が湧く。

湧いた液体が穴を塞ぎ元の門を模っていく。時間にすれば数十秒で門は元通りになった。


「これで門を破壊したのは不問にする。次はないぞ」

「善処する」

「二度言うが次は無いからなっ!」


 また壊すだろうと公爵は嫌な確信が持った。


「そうだ。公爵、一つ良いか?」

「なんだ? くだらんことではないだろうな」


 公爵に何かを言っていたが遠くで見ているメノアには分からなかった。彼女は唯の目撃者に過ぎないと思っていたのだ。



 門の破壊と再生事件から一時間経つと何故かメノアは先輩メイドと共に玉座の間に呼び出された。


「悪いなアナベル。急に呼び寄せて驚いただろう」

「いいえ、公爵様の声が掛かればすぐさま馳せ参じるのが我々の役目ですから」

「そうか。相変わらず固いな」


 先輩メイド……アナベルは公爵を前にしても落ち着いているがメノアは足が震えていた。


「公爵様、どうして私とメノアが呼ばれたのでしょうか? また、執務室ではなく玉座の間なのでしょうか?」


 疑問を口にすると少し離れた位置に立つ二人の子供に視線を送る。


「執務室で良かったのだが、一応儀礼であるからな」

「儀礼ですか?」

「そうだ。まずメノア・フォンド、お前をエルシア付きのメイドに任命する。正式な通達は後日になるが暫くはアナベルに指示に従うように」


 公女付きのメイドになると云われたメノアは一瞬理解が出来なかった。

フォンド家は男爵家で貴族であるが格のある家ではない。公女付きのメイドになればメノアの父は泣いて喜ぶに違いないのだ。


「メノア、おめでとうございます。大変栄誉のある役目です。立派に果たす為に貴方に私の全てを伝授してもらいます」

「ひゃ、ひゃい。分かりました。が、頑張ります」


 先輩後輩メイドの姿に公爵が笑う。それから忌々しげに問題児たちを見つめる。


「アリカ辺境伯令嬢ノルカ、貴様はこれからどうしたい?

知っての通り我々フリングル公爵家と貴様らボルテク大公家の関係は悪い。協力するか否かで此方も対応が変わる」


 帝国最大の領土と軍事力を持つボルテク大公家、そのナンバー2と云われるのがアリカ辺境伯だ。

即ちノルカは最大の敵の側近といって過言でないのだ。


「そりゃあ協力するでござるよ」

「そうか………おいっ!! 良いのか? 貴様は本当に良いのか!?」

「良いよ。拙者は嘘が付ける器用さは無いのは公爵殿もご存知では?」


 ノルカの曇りの無い目に唖然となる。


「……信じよう。それから貴様は昇格だ。本日付けで大尉だ」


 少年に向かって宣告する。遅かれ早かれであったが想定よりも遥かに早い昇格だった。


「門を破壊したから今度で良いのではないか?」

「結果的に公女を救った者に報いないのは他の者に示しが付かない。テアトルもこの場にいれば同じことを言う筈だ。……公爵として感謝しよう。貴様のおかげでエルシアは命を繋ぐことができた」


 

 メノアさんの話を聞いて私は困惑しています。ノルカさんの件やエルシア様が生死を彷徨っていたなど情報の洪水です。


「えーと、辺境伯令嬢のノルカさんがここに居る理由と言うよりもノルカさんが辺境伯令嬢なのも驚きですし、エルシア様が生死を彷徨うことがあったのも驚きですけど…それよりも……」


 情報量が多くて混乱します。


「あ、すみません。私の話だと暗殺部隊に所属していたエルシアお嬢様が上層部に反発して殺されかけたのが、あの方とノルカさんが暗殺部隊を離脱したのが抜けてました。また、私がエルシア様付きのメイドになったのは私が背負われているエルシア様を見つけたのが理由みたいです。

エルシア様が家出した件は伏せられていたので生死を彷徨ったのを見られたのが都合が悪いとかです」


 更に事情が気になる話が追加されます。


「それで私をエルシア様付きのメイドに推薦したのがあの方なんです。どうやらエルシア様を見た私に気づいていたって感じですね。なんだかんだ言いながらも公爵様は信頼しているみたいですので私としては引き上げてくれた恩人です」

「……メノアさん、その、旦那様はメノアさんから見てどんな方ですか?」


 うーんと深く考えていました。


「一言だと例えづらいですね。寛容といえば寛容ですが偏屈だったり常識はずれというか良識はずれの方ですから。

あっ!? でもスエレさんにとっては良い方ですよ。浮気はしないし……というよりも異性に興味がない感じ。

知性や気品があります……でも気が狂った判断しますね」


 褒めてるのか貶してるのか判断に困る評価です。


「でもでも一つだけ言えるのは貴方たちは互いの事が好きだったんです。これだけは自信を持って言えます。貴賤や打算とは無縁の一方的ではない互いを想う不変の愛がありました」


 テンションと肉体の動きが連動するように勢いよく拳を振り上げました。私は恥ずかしくなってしまいました。


「不変の愛……ですか。今の私には分からないですね。

あっ、旦那様の名前ってなんで言うんですか?」


 何故今まで気にしなかったのだろうとスエレは反省する。せめて名前が分かれば何か思い返せるかもしれないと逸る気持ちで質問しました。


「そ、それは……実はお名前知らないんですよ。公爵様かテアトル大将なら知ってるかもしれませんが、私達はあの方をこう呼んでいます。(グランド)教授(プロフェッサー)と」


 その名を聞いて私は思い出しました。あの時のことを……

最後まで読んでくださりありがとうございます。

暫くは月・水・金の18時〜19時の更新になります。

誤字脱字報告や感想、評価などいただければ今後の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。

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