第三十八話 その感情と関係性はまだ分からない
それは初めて感じる恐怖であったのかもしれない。
経験が無かったから適切に評する事は出来なかったが、落ち着いて考えてみるとこれが恐怖であると認識する事が出来た。
「さて、どうするか……大淀、いるのか?」
「凄いね。興信所顔負けの尾行をしたつもりだけど君には通じないようだね」
気づかれていないと思っていたので内心では少し驚いていた。大淀は理解していなかったがリロードに気づかれない尾行をするのならノルカ
級の隠密性が必要である。
「何用だ?」
「用があるわけではないけど、困っていないかと思ってね。何があったんだい?」
「……紅月 櫻子に会った」
「!? 櫻子君に会ったという事は図書室に行ったんだね。彼女は放課後に書物を嗜むからね。ところで彼女を見た感想はどうだい。あまりの美しさに心を奪われたのではないかな?」
心を奪われたという意味では間違いなかった。だが異性として惹かれたという事では決してなかった。
リロードにとって惹かれる異性は後にも先にも一人だからだ。
「恐怖心を抱いた」
「え、それはどういう意味で」
「私もよく分かっていない。全てが終わるようなそんな気がした」
言葉で喩えるのは不可能だった。筆舌に難い体験であった事は間違いなかった。
「君がどう感じたのか僕には正しく理解はできないけど、一つだけ確かな事は櫻子君は心も綺麗な女性だ。恐怖心を抱く必要はないと思うよ」
「理屈はそうだろう。しかし、本能が違うと訴えている」
戸惑いと混乱があった。同時に自身があまりにも弱っている証左であると気づく。
「もしかしたら恐怖心ではないかもしれないよ。念の為の質問だけど、君は櫻子君に惚れたかな?」
「ないな」
「そうだね。話の流れで分かってだけど確認しておきたかった。それに君はスエレ君の事が好きみたいだからね。
実は既に恋人だったりするのかな?」
シェーヌの知り合いだという事くらいしか分かっていない。故にリロードとスエレの関係性を想像で口にしたに過ぎなかった。
「恋人ではない。夫婦だ」
「夫婦……比喩的な表現でなく本当の話」
「本当だ。ついでに……子供もいる」
「……いや、それは冗談だよね。スエレ君の年齢だと完全に犯罪」
総士は冗談だと信じなかったが、夫婦であるという事実は受け入れていた。二人の間から妙に熟成された関係性を感じたからだった。
「これは下世話な話なんだけど、夫婦って事は夜に」
「想像通りで良い」
「うわぁ、羨ましい話だね。スエレ君は幼く見えるけど女性的な身体つき(櫻子君には及ばないけど)だから、君は凄い羨ましい」
「下世話だな」
初めて微妙に男子高校生らしい会話だなとリロードは思っていた。それからやはり自分達はズレているのではないかと自嘲した。
補足するとスエレが記憶を失う前までの話である。
「そうだ。君の事はリロード君と呼べば良いかな。僕の事は総士と呼んで欲しいかな。君とは波長が合うような気がするし長い付き合いになりそうだ」
手を差し伸べる総士にリロードは一瞬躊躇してから手を差し出す。
「これからもよろしくね」
「そうだな……」
櫻子に恐怖を感じたように総士に対する感情の種類を言葉にする事が出来なかった。
友情、宿命、共犯、仲間、警戒、逸脱、相似、共感、互助、相反、同調、反発、政敵……ext
この時は簡単に言葉で表すことの出来ない感情と関係性である事を互いにまだ知らなかった。
いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。
次回は水曜日の18時〜20時の更新になります。
また、不定期に過去の話の修正と加筆を行う予定です。
誤字脱字報告や感想、評価などいただければ今後の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。
また、ここが分からないやここがおかしいなどの疑問もあれば気軽に質問ください。




