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第三話 私が知らない間に話は進んでいるようです

今話は主人公が出ません。

また三人称視点になります。

 サキに引き摺られ玉座の間にノルカが雑に放り出される。着地の代わりに綺麗な前方受身をとった。床を手で叩いた時に発生したバンっとこれまた綺麗な音が響く。

キメ顔で公爵に視線を送る。公爵は一瞬イラッとしたが面倒に思い敢えて無視した。


「公爵様、ノルカ様をお連れしました」

「そうか。下がっていいぞ」


 玉座の間には不似合いな情景であるが公爵は気にしない。この程度で動じるならフリングル公爵をやっていくことはできないからだ。


「公爵、何用でござるか? 拙者のママとの甘いひと時を邪魔する気!? 斬るでござるよ。拙者マジで斬っちゃうよっ!」

「喧しい。貴様に確認しておきたい事があったから呼んだんだ。……貴様が昨日スエレを無事に回収できた理由は?」

「それは拙者のママへの不変な愛でござる!」


 聞いたのが間違っていたと天井を見上げて公爵は大きく溜め息を吐く。

既に公爵は全容の考察を終えている。

考察の骨組みに肉づけする為に当事者の話を聞いておきたかった。

本来ならスエレに事情を確認したかった。記憶喪失であるからノルカに聞くしかないのだが、話が通じにくい上に面倒で無駄なストレスとなった。


(此奴は私の部下ではない以上は命令が出来ない。利害関係の一致に過ぎないから御すのは面倒だ)


 心の中で毒づいた。一旦落ち着く為に思考をフラットにしてもう一度考察することにした。


 公爵が知っているのはスエレは帝都に行っていた。帝都から離れたフリングル領近くの森の中にいたのは不自然を通り越して異常だった。


「ノルカ、貴様の所感で構わない。スエレを転移させたのは誰だと思う?」


 転移させたのが敵か味方かで意味が大きく変わる。公爵としては予想は付いているがノルカへ確認する。


「うんまあ、そりゃ兄者でござる。敵ならばそんな面倒な事をしない。……ん、公爵殿も馬鹿でござるな。そもそも論としてママの体質を考えれば転移できるのは兄者以外考えられないでござるよー。公爵のお茶目さんでお馬鹿さん」


 ニコニコと悪気なしであるが神経を逆撫でしていた。仮にノルカが敵であれば容赦なく殺していたと思える程の怒りを身体の内に留めていた。


「………………………………………………そうだな。例外を考えてもキリがない。私も同様の考えだ。では次の問題だ。何故、森の中だった。転移させるのなら転移可能領域点(マーキングポイント)のある此処で良い筈だ。

貴様でも知っている通り転移術を使う時は転移可能領域点への転移が基本だ。奴の力量ならその限りではないが危険のある森への転移はナンセンスだ。

獣や昨日の奴(ヴェンフェリオン子爵)もいたわけだ。ならばどうしてだと思う?」


 公爵は己が導き出した答えを持っているが訊いたのは、思考力を育てるやり方だからだ。


「うーん? ああ、うん。多分、転移術が失敗して不完全だったって感じかな。兄者がママを危険な状況に放り込むのは考えられないから、相当に追い込まれていた状況って事でござるか?」

「可能性が一番高いだろうな。貴様の言ったように追い込まれた状況に陥りスエレを安全圏に転移させようとした。だが不完全な結果となった。此処までは問題ない」


 ノルカは頬を膨らせて不満気だ。公爵は転移の失敗でスエレを危険な状況になった事への不満だと察する。


「次善策として転移失敗してもノルカの近くに転移する保険を設定していた。または危険な状況になったら発動する魔導具を持たせていたのだろう。指輪か髪留め、或いは手鏡あたりだな。

いずれにしてもだ。奴はお前がいればスエレを確実に保護すると確信をしていた」

「ふっ、当たり前でござる。しかし兄者は拙者を信頼してママを任せてくれたって事でござるか」


 煽てれば勝手に木に昇り始める。ある意味で使いやすい馬鹿だった。


「転移させたのが奴なのも転移術の失敗も今となっては然程問題ない。問題は奴をそこまで追い込んだのは誰だ?」

「ん、皇族の誰か? んん? 自分で言っておいてだけどあり得ないでござる」


 皇族相手に遅れをとる事は考えられない。仮にも帝国三強の一人であるからだ。


「そうだ皇族相手であればスエレを転移させる必要がない。また、転移させたとしても失敗はする事はない。

少しは輪郭が見えてきたのではないか?」

「ま、まさかそんなテアトル大将が兄者を……許さんぞテアトル大将ぅぅーー!!!」

「貴様は馬鹿かっ!!!!!!!」


 公爵は叫んだ。当然だった。少しでも事情を知っていれば否定する考えだからだ。

ノルカに至っては他者よりも事情を深く知ってる側であるから余計に公爵は怒りに震えていた。

ついでにテアトルは公爵の息子である。長男であるがフリングル公爵家は継承権に性別や長子優先は関係ないので次期公爵はレティシアになっている。


「なぬぅーー馬鹿は公爵の方でござるぞぉ!! 兄者を倒せるのは同格の大将であるテアトル大将しかおらぬではないかぁ!!」

「喧しいわっ!! 倒すだけなら貴様如きでも可能だろうが!! ……倒すことは出来なくても拘束くらいなら出来る者は増える。尤も今回は倒されたと考える方が自然だ。何故なら一番の問題は一晩経っても奴が連絡一つ寄越さない事だ。通常の拘束程度であれば何かしらの方法で連絡を送ってきただろう」


 叫びあったことで防音設計の玉座の間の外にも声が響きサキが入って来る。


「公爵様、あまり叫ばれない方が良いかと、まもなくエルシアお嬢様もお見えになります。それからノルカ様と長時間話すのは損になるかと存じます。

彼女は我々とは別の領域に立つ方ですので通常の思考で対応するのは難易度が高いです」

「おうサキちゃん、拙者を褒め褒めしても何も出ない……あっ! 赤い飴あった……りんご味の飴ちゃんがあるからあげるでござる」


 何故か持っていた飴を手渡された。ついでに飴は苺味だ。


「あ、仕事中は駄目でござるね。みんなには内緒にしとくでござる」

「貴様は自由だな……」


 政務二日分相当の疲れを感じ叫ぶ事を放棄した。


「はあ……何をしてるの?」


 凛とした雰囲気と気高さのある若い女が扉を開けて入ってきた。

女の名はエルシア・ジェリック・フリングルだ。フリングル公爵家の長女であり皇太子の婚約者である。

真紅の長い髪は妹のレティシアと同色でありフリングル公爵家の初代当主シアから脈々と受け継がれていた。また、母譲りの聡明さと豪傑さを併せ持つ傑物である。


「エルシアか。スエレの件は知っているな」

「ええ、その件は知ってるわ。後で会いに行って来るわ。

レティちゃんと双子の顔も見ておきたいしね。

私なりに調べたけど帝都の話は不自然なくらいに入ってこないわ。分かりやすいくらいに情報規制がされてるって感じね。

それでノルカ、兄様が犯人説は無理があり過ぎね。陰謀論でももう少し整合性があるわ」


 サキが心の中で『流石お嬢様です』と思いガッツポーズをする。一部始終を見てなくても一を知り十を知る聡明な自慢の主人なのだ。


「ち、ち、ち、甘いでござるよエルちゃん、テアトル大将以外に兄者を追い込める者など居ないでござるっ!

故に拙者の勝ち」

「相変わらず呆れるほどに馬鹿ね。大将はもう一人いるでしょう。貴方の師匠がね」

「あ、イーギア先生もいた……でござる。いちゃったでござる」


 帝国三強の一人でありノルカの師であるイーギア・クライスを思い出す。今の今まで忘れていたのは幼き頃からのトラウマで記憶の彼方に追いやっていたからだ。


「兄様は何もしていない。いいえ、何もする事ができなかったが私の予想ね。イーギア大将が下手人の可能性は半分くらいと思ってるわ。現時点の情報じゃ此処が限界だしこれ以上は深みに嵌るからやめましょう」

「成る程、流石エルちゃん、拙者と同じくらい賢い」

「……此処まで冒涜されたのは久しぶりね」


 母である公爵と同じく怒りを内に留めていた。

ノルカには深みに嵌ると言ったがエルシアは公爵と同じく元凶を察している。ほとんど確信に近いが口にはしない。

だから確信を結論にする為の行動を取る。


「フリングル公爵、昨夜捕虜にした者と話したいのだけど良いかしら?」

「話すのは構わないがお前一人では駄目だ。ノルカを連れていけ」


 呼ばれて手を上げて反応するノルカだが、拘束時間が伸びた事に不満の表情を露わにする。


「ええ、そうするわ。……ノルカが居なくてもサキがいるわ」


 不満を口にしてノルカを連れていく。サキは足音を立てずに随伴した。

サキはエルシア付きの筆頭侍女であるが元はノルカと同郷で暗殺部隊に所属していた。第一も第二もエルシアを優先する凄腕の護衛で主従の絆は深い。


「……隙がない」


 歩きながら誰にも聞こえないようにサキは呟く。油断だらけのノルカだが実力者からすれば一切の隙が無い。仮にノルカに奇襲しても返り討ちにされるのが関の山とサキは捉えていた。

幼き頃から天才と呼ばれたサキですら及ばない領域に立つのがノルカだ。公爵に告げた『別の領域に立つ』は皮肉だけでなく嫉妬が混じっていたのだ。


「ん、サキちゃんなんか言った? あっ! 飴ちゃんが欲しいの!? はい、もう一つあったからあげる」


 聴こえるはずのない声を拾ったのか反応すると透明な包みに入った飴を渡される。

蜂蜜飴だ。サキも好きな飴である。


「感謝します。後でいただきましょう」


 嫌悪と嫉妬を隠して感謝の言葉を述べる。敏腕の侍女だから表情を表に出さない。

エルシアは指を鳴らす。悪戯する時に使う音を遮断する魔術だ。ノルカに聴こえないのを確認するとサキに耳打ちする。


「サキ、今度スエレと一緒に蜂蜜を貰いにいきましょう」

「エ、エルシアお嬢様」


 少し揶揄うようにエルシアが言う。サキの好みを知っているのは主人であるエルシアだけだった。


「貴女はスエレと同じくらいに蜂蜜が好きだものね」

「お嬢様……」


 パチンと再び指を鳴らし魔術を解除する。


「む、二人で何を話していたでござるか!? 拙者に内緒で美味しいものでも食べる相談をっ!? 駄目でござる。拙者も一緒にするでござる!!」

「ええ、無事終わったら皆で行きましょう」


 ニコリと品のある優雅な笑みを浮かべた。



 地下牢の奥に目的の人物はいた。端正な顔で格好をつけて笑顔を振り撒く。

サキは守るようにエルシアの前に立つが手で制する。


「やあ、美しいお嬢様達、僕を出してくれないかな?」

「元気そうね。ヴェンフェリオン子爵」


 エルシアは知らないが少し前まではノルカの存在に震えていた。腹を決めたのか普段通りの振る舞いをする。


「フリングル公爵令嬢、ああ、僕はなんて不幸なのでしょうか。貴女の婚約者候補の中には僕もいたというのに貴女は別の男を選んだ。なんて残酷な仕打ちをされ」

「エルちゃん、強引に吐かせる?」


 話の途中でノルカが提案する。エルシアは苛ついたが表に出さない。言葉に熱がなく淡々と読み上げているようにしか聞こえなかったからだ。


「いいえ、必要ないわね。私の美しさに惚れ惚れとしているとか聞き飽きた言葉よ。凡百の男どもが揃いも揃って似たような言葉、もう少し気の利いた言葉が欲しいわね。

それで問いたいのだけどスエレを襲おうとしたのは誰の指示?」

「美しいものを囲いたいのは男の本能です。僕はあの少女に惚れた」


 大変忌々しいが一種の誠実さを感じさせる態度であった。

今度はエルシアは苛つきを隠さなかった。本人もすぐに苛つくのは公女としては褒められた態度ではないと思っている。しかし、主人として仕える者を危害加えたり蔑ろにしようとする者を放置するのは人として失格だと強く思っていた。

目を瞑り少し冷静さが戻ると男の不自然さに気づく。

 用が済んだ事で地下牢から出る。ヴェンフェリオンはスエレに合わせろと言っていたが当然無視する。


 確信は結論に至った。


「エルちゃん、あの男は十中八九」

「ええ、洗脳されてるわね。最初は属する派閥から第四皇子の差し金の可能性もあるかと思ったけれど違う……訳ではないけど、それだけではないわ。

最初から怪しいのは一人だけだったもの」

「ん? 誰でござる!?」


 何故分からないんだとエルシアは溜め息を吐く。


「帝国の軍のトップは?」

「そりゃあテアトル大将でござる」


 エルシアと共にサキも大きく溜め息を吐いた。お前も軍属であるなら絶対に理解しろと言いたかった。


「兄様は中央司令軍の総司令で確かに実質的な軍のトップではあるわ。でもそれよりも上に一人だけいるわね」

「あ、ディエレーズ元帥っ!!!」


 ノルカからすれば師匠の師匠になる。帝国建国より君臨していると云われる元帥は帝国最高の権力者である。権限は各公爵や皇帝よりも遥か上になっている。


「考えれば簡単なのよ。アイツを排除できるだけの力があってスエレを抹殺しようと考えるのが元帥なら点と線が繋がる。転移妨害も洗脳魔術が扱えるのも元帥くらいよ」

「兄者は元帥に……ママになんて言えば」

「今日一番の馬鹿な発言ね。私はアイツが死んだなんて思ってないわ。私よりもよく知っている貴方がそんな事言わないで欲しいわ」


 死んでいるとは誰も思っていないし思って欲しくもない。

これから敵にするのは帝国最強の元帥だ。強大は存在に常識から照らし合わせれば諦めても誰も咎めないだろう。

しかし、関係なかった。敵がなんであってもエルシアもノルカも退かない。


「アイツには借りがあるしレティちゃんのために必要だわね。それにスエレの為にもね」

「そうでござる。ママの為ならディエレーズのクソ野郎をブチ殺してやるでござるよ」


 命知らずの今日一番の馬鹿な発言であるがノルカらしいとフリングル公爵家の主従は微笑むのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

基本は月・水・金の18時〜19時の更新になります。

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