第二話 子供達とお嬢様は良い子でとても可愛いです
双子ちゃんが落ち着くとノルカさんに案内された自室のベッドで寝かせました。
ベッドがとても大きく四人ぐらい寝ても問題ないサイズです。
(……可愛い。自分の子どもな事はまだ実感がありませんけど、
私の娘と息子はノルカさん曰く賢くて良い子達との事です。私も可愛いくて良い子達だと思います。
「安心してぐっすり、やはり子供は寝るに限るでござる」
うんうんと頷くノルカさんです。この後どうしようかと思いましたが……睡魔が襲ってきました。
気づいたノルカさんはクスリと暖かく笑いかけていました。
「ママ、眠いなら寝た方が良いでござるよ。
話の続きは明日にすると公爵も言っていたので休んでおくでござる。あ、それと失礼」
肩に触れると涼しく柔らかい風に全身を包まれました。風属性の魔術みたいですが私にはどんな効果か分かりませんでした。
ただ全身を覆い込むような心地良さがあります。
「所謂、消毒魔術でござる。風属性の魔術の応用で兄者ほどでは無いけど少しはできるのでお風呂代わりになるって感じ」
「凄い魔術ですね。それに服も新品みたいに感じます。ノルカさんありがとうございます」
「どういたしまして、ではママは眠るでござるよ」
タイミングが良いのか睡魔が更に強くなりました。倒れるようにベッドに横になってノルカさんに声を掛けます。
「すみません。私、眠ります」
「うん。おやすみ」
夢を見ました。できればこの世界に永遠にいたいと思える幸福に満ちた夢です。
フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんがいてノルカさんがいました。それから私と向かい合う男性と女の子が……
起きたら忘れてしまうとしても……違う。
意識が覚醒する直前に胸に去就するのは、夢で見た世界よりも幸せになる覚悟でした。
「ぅ、私は今何を…」
どんな夢を見ていた事しか覚えていませんでした。
「おはようでござる」
ノルカさんが頭上にいました。何故か部屋の天井に張り付いていたのです。
「ノルカさん、どうしてそこに……」
「拙者の『そうるぷれいす』って奴でござる。昔からこんな感じでママと一緒の部屋で寝ていたでござるよ。あ、例外として兄者とお楽しみをする時は外していたでござる」
お楽しみ? ……何をしていたか理解しました。子供がいるということはそういうことなのでしょう……
「あの、昨日も言っていた兄者とはノルカさんのお兄さんですか?」
「うーん。違うでござるよ。兄的なものでござる。それからママの旦那で所謂大切な人的な奴って感じ」
「旦那様……大切な人……」
どんな人であるかよく分かりません。ですがノルカさんの反応から悪い人では無いはずです。
「ん、母さん……」
「まーじゅ、重い」
アイリッシュちゃんの頭に足を乗せたフロマージュちゃんがパチリと目を開けました。
「おはよう。アイリッシュちゃんが苦しそうにしてるから足を退けようね」
「ん」
言われた通り足を退かすとフロマージュちゃんに抱きつかれました。
やっぱり落ち着きます。それにフロマージュちゃんも安心しているみたいです。
「母さん…良かった。ちゃんといる」
心配させてしまっていたみたいです。フロマージュちゃんを優しく抱きしめ返しました。
記憶が無くても私はフロマージュちゃんとアイリッシュちゃんと深い繋がりがあるみたいです。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
長身の黒髪のメイドさんが入室してきました。整った容姿で愛嬌よりも冷静さと有能さを感じる美人さんです。同性ですが見惚れてしまうほどです。
「おっ、サキちゃんじゃん。元気してた?」
「はい、元気です」
妙に馴れ馴れしいノルカさんの態度に仲の良い友人なのかと思いましたがサキさんは素っ気ない態度をしています。
「エルちゃんの腰巾着じゃなくて金魚の糞なのにこんな事してて良いの? もしかして梯子外されたりしてない?」
言葉だけなら挑発していますが多分ノルカさんにそのつもりはないみたいです。思った事を口にしているだけですが言い方は良くないと思います。
「スエレ様のお世話はお嬢様からのご命令です。ですのでノルカ様は視界の邪魔でしかないので鉄砲玉の役割を果たしてください。
そうですね。皇族の二、三十人始末して果ててください。香典の用意はしておきます。折角なので弔電もサービスしましょう」
サキさんも負けずに言い返しています。初めて見る光景なのに日常風景に感じるのは気のせいではないでしょう。サキさんの物騒な発言も冗談のだと思います。
「むぅ、公爵の許可が降りないから待機中でござる」
ノルカさんの言葉に冗談……ですよね? と心の中で思いました。
「ご用意します。ノルカ様の分も何故かありますね。本来は犬の餌が良かったのですが切らして居ましたので人が口にするものを代わりに食べてください」
「おう、楽しみでござる」
サキさんは無駄の無い動きで給仕をしています。
部屋の中央に置かれたテーブルの上には焼きたてのパン、ジャム、バター、蜂蜜、コンソメスープ、ミルク、サラダが並びます。全部とても美味しそうです。
「取り敢えずみんなでご飯をもぐもぐするでござる」
ノルカさんはまだ眠っているアイリッシュをちゃんを抱っこして椅子に座らせました。手慣れていると私は思っているとフロマージュちゃんがジッとこちらを見ていました。
「母さん、抱っこ」
「分かりました。はい」
フロマージュちゃんを抱きかかえます。体重は軽いですが体温が高めで温かいです。
椅子に座ったアイリッシュちゃんが起きました。
「おはよう」
「うん」
少しぼうっとしていたが安堵した表情をしていた。
「ではいただきましょう」
子供達は頷きスエレの真似をして『いただきます』をしました。
私はパンを手に取ると蜂蜜をかけました。
「この蜂蜜、美味しいですね」
初めてでは無いのにあまりの美味しさに初めて食べたような衝撃を受けました。
それから私は気付きました。何故、私はジャムやバターでなく迷う事なく蜂蜜を選んだのでしょう?
蜂蜜が何か記憶に引っかかるものがあるように思えます。
「ママは蜂蜜が好きでござるな。その蜂蜜は兄者とママが育てた蜜蜂が作ったもの。公爵やエルちゃんも太鼓判を出す程の上物みたい」
「母さん、蜂蜜が好き。わたしも好き」
フロマージュちゃんも蜂蜜をかけてパンを食べています。
蜂蜜が好きなのも親子だからなのでしょうか……
「うまうまでござった。ママ達と食べるからより美味……ん?拙者は何か忘れてるような…」
頭を傾げるノルカさんです。大切な事を忘れてしまったみたいです。
「モポ姉のこと」
「あっ!? そうでござる。レティちゃん」
「えーと、誰でしょうか?」
「「!?!?」」
フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんが顔を合わせて驚愕の表情をしました。絶対にあり得ない発言をしていると言いたげな反応です。
「あ、双子にはママが記憶喪失の事を伝えていなかったでござった。と言うわけでママは記憶喪失でみんなのことを忘れてるよ」
「「!?!?!?」」
先程の比ではないショックを受けています。二人にはまだ打ち明けていませんでした。
「貴方は大馬鹿ですか。お二人が消化不良を起こしています」
「む、拙者は大馬鹿ではなく精々が小馬鹿でござる」
「そうですか。ではただの情けないどうしようもない馬鹿は黙っててください。それにレティシア様の説明をするのが貴方の役目でしょう……スエレ様、申し訳ございませんがこれからレティシアお嬢様にお会いしてください」
サキさんが一礼すると食事の片付けをします。私はフロマージュちゃんとアイリッシュちゃんと向き合います。
泣きそうな顔をしていました。
「母さん、わたしたちを忘れた?」
「あの、うっ……はい。そうなんです」
「だ、大丈夫でござる。記憶を失ってもママはママで代わりはないでござる。それに兄者が戻れば記憶など簡単に」
「……ノルカ様、貴方は私について来てください」
「ん? サキちゃんや拙者を『でえと』に誘うのはまだまだ早いでござ」
大きな舌打ちの後に引き摺るようにノルカは連行されました。
「ええと、どうしたのでしょうか…」
サキさんの態度が気になりまひた。この場で話せないからノルカさんを引き離したように感じました。
「母さん、わたしは母さんが大好き、リッシュも姉さんも……ついでにノルカも」
「僕も」
「うん。私もです」
涙を必死に堪えます。涙を流す時は全て終わった時にしましょう。まずは一日でも早く記憶を取り戻したいと思います。
「失礼します。レティシアお嬢様をお連れしましたっ!!」
サキさんとは別のメイド服を着たメイドさんが元気よく入ってきました。私よりも年下に見える若いメイドさんです。
「あ、スエレさん、元気そうで良かったです。レティシアお嬢様、スエレさんですよ」
「お姉ちゃん」
メイドさんの後ろから公爵様と同じ真紅の長い髪の大人しそうな女の子が私を見上げています。
夢で見た女の子でした。
記憶が無くても魂が知っています。真に仕えるべき主人が目の前にいました。
「レティシア、お嬢様」
「うん、良かった。師匠だけじゃなくてお姉ちゃんも居なくなったと思ったから」
「ふふん。お嬢様、私が言った通りでしょう。スエレさんがお嬢様を置いて居なくなったりしないってね」
自慢気にするメイドさんの姿に彼女の名前が浮かんできました。
「メノア、さん?」
「はい。私はメノア・フォンドです。スエレさんと同じレティシアお嬢様に仕える者、まあ私は侍女見習いで筆頭侍女のスエレさんには色々と及ばないですけど」
「そうね」
「あーー!! マージュちゃん酷い。私も頑張ってるのに」
ぷりぷりと怒った素振りをします。お互いに気心を知っているからこそのやり取りに見えます。
「んー、モポ姉、元気ない?」
「うん。師匠が心配」
赤い瞳を揺らすお嬢様にフロマージュちゃんが問いかけています。モポ姉と言ったのはお嬢様の愛称みたいですが由来が分からないですね。
それよりも師匠と呼ばれる人の方が気になります。
「師匠? もしかしてお嬢様のお師匠様って」
「はい。スエレさんの旦那さんの事ですよ。国一番の魔導師ですよ。そして若くして軍のトップになった方です」
想像以上に旦那様は凄い方でした。ノルカさんが戻ればと言っていたことを思い出します。
「お姉ちゃん、記憶が無くなったって聞いたけど大丈夫?」
「そうですね。最初は不安でしたけどノルカさんやフロマージュちゃん、アイリッシュちゃん、サキさん、メノアさん、そしてお嬢様がいますから平気です。でもお嬢様達にはご迷惑をおかけするかもしれません」
私の話を聞くとお嬢様が右手を差し出してきました。
「心配しないで、記憶が戻るまでは師匠の代わりに私がお姉ちゃんを護るから」
身体が自然と動いて両手でお嬢様の手を取りました。まだ小さな手ですが伝わる力強さと温かさに心が震えてきます。
「お嬢様、お嬢様あぁぁぁ!!うぅ、大きくなられて私っ感動しちゃいました。ぐすっ、そうですね。みんなで頑張りましょう!!」
涙が流れそうになりましたがメノアさんが誰よりも泣いていました。
メノアさんは温かさがある人でした。
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