第十八話 ヴァルナムシア帝国大将イーギア・クライス
イーギア・クライス侯爵、ボルテク大公領の三大侯爵の一つクライス侯爵家の御当主様です。
大将の階級を持ち一応は軍属のようですが本職は大公領に総本山がある暗殺教団の頂点の称号『天座』です。
私が知っているのは一般的な知識に過ぎません。
「あっちから攻撃を仕掛ける気はなさそうじゃな。会場全体が師匠の射程に入っとるからな」
「うー、師匠……もぐもぐ」
イーギア大将は私達を一瞥することもしなかったです。ですが此方を認識しているように思えました。
「やばいでござるよ。あの師匠は……もぐもぐ、うー本気な感じが伝わる……もぐもぐ、美味しい」
ノルカさんは皿の上に肉類を中心に載せて食べていました。野菜ももっと食べましょう。
「ヴェンフェリオン、第四皇子は何処にいる? 儂は会ったことがないからよく分からん」
「此処にはいないようだ。皇族として参加すると思っていたが」
「厄介じゃな。儂らは嫌でも師匠を警戒せざる得ない。そんな時に見えない敵がいるっつうのは辛い。考えても仕方ないかのう」
給仕するメイドさんから果実水のグラスを受け取って持ち口に運んでいます。
「さて、師匠は暫く動かないとして儂らはどうするか?
姉者、あの痴れ者を呼び出せ……!! 全員、伏せろっ!?」
私が気づいた時にはソルカさんの前にイーギア大将がいました。ソルカさんは手を交差して防御の体勢を取りましたが……姿が消えました。
「師匠ぉぉっーーー!!」
「遅いっ」
刀を抜こうとしたノルカさんの頭を打ち抜くように膝で蹴りました。でも、ノルカさんは膝に向かって頭突きをしました。
硬いものが衝突した音が発生しました。
「お前は流石にやるか。ソルカの方は残念で陰陰滅滅になる」
視線の先に壁に打ちつられたソルカさんがいました。
苦しそうに呻き声を上げていましたが、すぐに起き上がりました。
ソルカさんが起き上がると同時に周囲の人々が異常事態を認識しました。
「喧喧囂囂は嫌いだ。元帥名により叛逆者を処罰する。お前達は証人……いや多いな」
イーギア大将は音を立てず動くこともしなかったです。でも、会場にいる人達が倒れました。全員ではなくエルシア様や皇太子殿下、公爵様は無事でした。
倒れた人達も外傷は見当たらないですが意識を失っているみたいです。
毒や魔術が何かと思いましたが違う事を理解しました。私が気づけた理由はイーギア大将は動いていない筈なのに右手の指の位置が少しだけ動いていたからです。
「ボルテク大公、ルクエール公爵、フリングル公爵、皇太子、皇太子妃、お前達は勝敗に関わらず生存が保障されている」
「成る程ね。それは助かる。では吾輩達は特等席で見物と洒落込もう」
ルクエール公爵が愉快そうにしながらステップを踏んで壁際に行きました。
「おやおや、禿げ……アルフリーナ君も来たまえ。早くしないと死んじゃうぞ」
「……イーギア、私は話は聞いていない」
大公様は歯を食いしばっています。立場としては大公様よりイーギア大将の方が上ですが一方でクライス侯爵は大公家に仕える家です。
「ああ、言ってないからな。いつもの無理無体だ。お前の頭を超えた話だ」
「ぷふっ、アルフリーナ君の頭は超えようがないのに」
「黙れっゼルバードっ!!」
怒りに震えながら壁際に移動しています。妙に慣れているのは場数を踏んでいるからでしょうか?
「私は納得してないがな」
毅然とした姿で一歩前に進むのは公爵様でした。先程イーギア大将がエレンシアと呼んでいたのは公爵様の事かと今更ですが気付きました。
「そうか、納得してもらう。精々、自問自答していろ」
「お前ほどの奴が元帥の下僕に成り下がるとは」
コツコツと歩みを止めませんでした。
「私はそこの馬鹿共と違って、高みの見物するつもりはない」
「待てっ!! 師匠の相手は儂と姉者じゃ」
公爵様とイーギア大将の間にソルカさんが入ります。
「なんでも良いさ。まずは厄介な」
「ママ、離れてっ!」
「……っ!?」
私が驚いたのはノルカさんに突き飛ばされたからではありません。私の身体が床に触れる事はなく景色が変わったからです。
変わった景色は薄暗い宿泊用の部屋でした。幻を見ていないのであれば転移したという事でしょうか。
ドアがガチャリと音を立てて開きました。私は身構えます。
入ってきた男性は初めて見る人でした。
「ようこそ我が番、そうだな花嫁と呼ぼうか。記憶を失ったと聞いているが忘れたなら思い出すと良い。
俺はキャンサール、この世を統べる支配者の名だ」
キャンサール? その名が本当ならこの方が第四皇子キャンサール……
「可哀想に我が聖女は穢されているな。だが小さな事だ。特別に赦そう」
私を見る視線に恐怖を覚えました。彼がこれから私に何をするか理解したからです。
「我が子を産め」
躙り寄ってきて私は後退りますが後ろは壁でした。
旦那様やノルカさんのことを考え……
光がありました。床に魔法陣が描かれたのです。前にソルカさんが来た時と同じ転移の光でした。
「馬鹿は死んでからにしなさいよ」
「……」
光から現れたのはフロマージュちゃん、アイリッシュちゃんです。そして……
「お姉ちゃんは私が護るっ!!」
お嬢様が言葉通り私を護るように立っていました。