第十四・五話 揺籠と呼ばれる牢獄の中で健やかに
今話は外伝的な話になります。
汝は星に満ちている。
汝は音に愛されている。
汝は花に呼ばれている。
汝は………と名付けられた。
『どう思う?』
「さあ、どうでもいい」
何度も繰り返した受け答えだ。答えはいつだって同じでどうでもよかった。
これはとある本の最後のページに書かれた文章である。
『汝は………と名付けられた』何と名付けられたかを議論していたのだ。
ただ議論と呼ぶには片方のやる気に欠けていた。
声の主もそれを知ってるからか別の話題にする。
『知ってるか? 世界は龍によって作られた。創龍、魔龍、覇龍の三柱だな』
「知ってる。本で読んだ」
『あーそうだった。あの本は楽しかった。作り物みたいだった』
本など大小の差はあれど創作である。
だからこそ身と心を委ねるのだ。だから今日も一冊本を読むのだった。
小さな手を伸ばし本棚にある一冊の本を浮かせた。
『今日はその本にするのか。伯母がお気に入りのだったな。どんな内容?』
「二代目女王と弟子達の話」
『あー昔にあった話を編纂した物語だったか。確かあのなんだったかな。……っ!思い出した【大教授】が出てくる話だ』
声が浮ついている。隠す事なく【大教授】の話だからである。
「好きなの?」
『勿論、憧れてる』
「くだらないな」
『なんだって?知れば知るほど面白いんだよ。だってさもしかしたらトーナよりも凄いかもし』
「ありえない」
ほんの少しムキになり食い気味に口を出した。声は話題を変える。
『あのさ、僕たちはまだ産まれたばかりで幼い。トーナがいるこの場所は安全で危険と無縁だ。でも出る事が出来ない牢獄だ。
だからさ僕達がもう少し大きくなったらここから出よう』
「ん」
肯定の意味で頷く。広い世界を見てみたいと思っていたからだ。
『折角産まれたのだから生きる目的も見失うような生は嫌だし、死を待つだけの生なんてもっと嫌だ。
意義と目的を持とう。だから将来二人で【大教授】になるんだ。僕たち二人なら出来るさ』
これはまだ揺籠の中で眠る赤子の時の話だ。既に自我に芽生えたその赤子は己の小ささと世界の大きさを自覚していた。
『それから僕は眠い。またな兄』
「ん」
赤子は自分の中にいる声に言う。他に誰かが居ればそれを赤子のイマジナリーフレンドや別人格かもしれないと判断しただろう。
だが赤子だけは声の事を正しく認識している。自分の事を僕と呼ぶ声は彼女であり赤子の妹であると理解していた。
夜の風景に溶け込む足音が響く。聞くと落ち着く音から近づいてきたのは知っている人物だった。
「起きてる。アンタって寝ないんだね」
「ん」
「まあ、魔女の中には過去にそんなのもいたらしいけど。アタシも眠くないから本でも読もうか?」
「ん」
師匠であり伯母であるトーナルは手を伸ばして穏やかな表情を浮かべながら赤子の紺色の髪を撫でる。
毛の色も艶も触り心地も違うが何処か自身と似ている事に繋がりを感じて安堵していたのだ。
「というかアンタ、本を浮かせて読んでたのね。だいぶ器用だわ。アタシよりも器用だね」
溜め息を吐きつつもほんの僅かな嫉妬と大きな誇りを思っていた。
魔女の国メイトール女王国で歴代最強と謳われるトーナルすら凌駕する可能性を赤子は秘めていたのだ。
「まだ喋れないけどアタシの言葉も分かってそうだしね。神どもの戯言の一つに別の世界の死んだ魂を赤子に定着させた転生があるらしいけど、アンタの魂はそんなんじゃないね。まあ簡単な話で所謂先天的な天才って奴だね」
人差し指で頬をつく。赤子はムッとしたが構わずにトーナルは続ける。
「不満そうだけど今だけは我慢しておきな。どうせアンタは羽ばたくんだからね。アタシには分かるんだよ。
だけど今はまだ一緒にだね」
揺籠から赤子の身体は浮く。トーナルに抱き締められていたのだ。年齢は2000を優に超える魔女であるが十代前半の見た目であるから二人の姿は歳の離れた姉弟にみえた。
尤もこの場にはトーナルのペットが一匹いるだけでその他の生物は存在しない。
「ニャア(ここにいたのか)」
「アンタも寝てないのか。おいで」
メイトール女王国にのみ生息する猫という不思議な生物? が鳴く。白い飼い猫はトーナルの足元に座っては丸くなる。
名前はエネア、ペットであるが同時にトーナル達の一族フィンデル家をずっと見守ってきた神獣である。
「エネア、アンタはどう思う。この子のこと」
「ニャア(ただの産まれたばかりの乳幼児)」
「面白くない答えだ。アンタはずっとアタシらの一族を見続けていた。見解を聞きたいんだよ」
背中を撫でられ丸くなったエネアは普通の猫のように鳴いて答える。
「ミ、ミィ(ま、あれだな。歴代の中じゃ一番じゃねえか。底が全く見えねえ)」
「ふーん。そっか」
素っ気ない感想の言葉だが内心では喜んでいた。自分に勝る者も及ぶ者も一人足りともいなかった。赤子の可能性に期待していた。
「まあ、アタシに及ぶ者は居なくても迫るのはいたか……アンタ覚えてる? 大教授」
「ミィ(まあな)」
若き日のトーナルが交戦し決着が付かなかった数少ない相手の一人だった。ドラゴンヘッドの兜が特徴の全身に銀色の鎧を纏った魔導師……強かった印象を残した希少な存在だったが何故か赤子と重なった。
「この子は今代の大教授かもね」
願望ではなく確信だった。必然であることに疑いはない。赤子はジト目でトーナルを見ていた。
語るまでもなく不満だったからだ。
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
赤子の名を呼ぶ。
その名は始まりであり終わりである。そして……最後の大教授と呼ばれる者の真の名である。
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