第十四話 大輪の花を咲かせていました
今話はノルカの出番はありません
舞踏会の前日になりました。前日だから忙しいのかと思っていましたが大体の準備はエルシア様の采配で既に終わっていました。流石はエルシア様です。
移動も転移陣を利用するので移動の準備に手間取らないようです。
今日はお嬢様と一緒に旦那様の部屋で本を探しています。
お嬢様用の教材みたいですが何冊かの本をパラパラと中身を見ても私にはさっぱりでした。
本を見ている途中で部屋の隅にあるおもちゃ箱のような物があってお嬢様と覗き込みましたが透明な石や大きい針セット、三角形の布、カラフルなネジが入っていました。
お嬢様と私は用途が分からずに首を傾げていました。
前に部屋の掃除をした時から思っていましたが旦那様の部屋にあるものは結構分からないものが多いのです。
「うーん。本はマージュちゃんじゃないと分からないね」
「そうですね。フロマージュちゃんは凄いですね。まだ小さいのに難しい本を読めるなんて」
「うん。師匠の才能を受け継いでいるんだと思う。リッシュちゃんはお姉ちゃん似だと思う」
自分に似ていると言われてもアイリッシュちゃんは似ているのでしょうか?
「似ているよ。穏やかなところと優しいところ。それじゃ行こ」
三冊の本を手に取るとお嬢様の部屋に戻る事にしました。その道中、歩く先に誰がいるか理解しました。
私の特技なのかもしれませんが気配を感じるよりも先に匂いで判別できます。
でも、あまり万能ではないです。何故なら私が匂いで判別できるのはお嬢様とフロマージュちゃん、アイリッシュちゃんぐらいだからです。だから歩いた先にフロマージュちゃんが居ることは分かっていても一緒にいた皇太子殿下は分からなかったです。
そんな事はどうでも良いですね。それよりもフロマージュちゃんと皇太子殿下の状態が……
「あっ、母さん、姉さん」
「えーとフロマージュちゃん、どうして皇太子殿下に乗ってるの?」
皇太子殿下を馬のようにして背中に乗っていたのです。
「散歩させてた」
「あー気にしなくていいよ。いつものことだから遊んでる感じだよ」
皇太子殿下は笑って許容されてますが、これはいけないような気がします。
「あ、母様、モポ姉」
「やあ、元気そうだね」
アイリッシュちゃんが来たのですが、ヴェンフェリオン子爵に乗ってきました。あの、流行っているのですか?
「念の為に聞きますが何をされてるんですか?」
言葉に棘が混ざってしまいました。ヴェンフェリオン子爵はバツを悪そうにされてます。
「遊んでいた。君の大切な子供であれば僕にとっても護るべき大切な存在だ。だから遊び相手になっていた」
「……そうですか。ありがとうございます」
「お姉ちゃん」
お嬢様が服の裾を掴んでいました。私の機嫌が少し悪くなった事を伝える為でした。
「お嬢様……」
「皇太子殿下とマージュちゃんは仲良しさんだから問題ないよ。お母さんも渋々認めてたから」
渋々という言葉に引っかかりを覚えましたが公爵様も公認している事実に認める事にします。
「皇太子殿下はそれで宜しいのですか?」
「あ、うん。問題ないよ。僕はこれでも子供が好きだからね。遠くもない未来の為の予行練習と思ってるよ。
そうだ。二人は大教授の部屋から来たのかな?」
方向から考えると皇太子殿下は旦那様の部屋に用があるのかもしれないと思いました。
「はい。そうですよ」
「本持ってるもんね。それで大教授の部屋に変なもの無かったかな?」
「師匠の部屋にあるものは大体変だよ」
おもちゃ箱の事を思いましたが、旦那様の部屋にはノルカさんが言うところの絡繰がありました。私には使い方が分かりませんがアイリッシュちゃんは詳しかった気がします。
「機械を見たいの?」
「違うかな。僕にはそっちの知識はあんまりないしね。探してるのは別だよ。どうだい? 一緒に探さない」
「仕方ないな」
皇太子殿下とアイリッシュちゃんは結構な仲良しさんです。乗られているヴェンフェリオン子爵に命じて旦那様の部屋にかけ出しました。
「またね」
「じゃあねー」
手を振るお嬢様です。私は今後の為にも双子ちゃんに注意するべきなのかと悶々と考えていました。
それから少し歩きお嬢様の部屋の近くまで来ると見覚えのあるメイドさんに会いました。
「あっ、スエレさんちょうど良かったです」
「メノアさんっ」
良い匂いのするものを運んでいるみたいです。バターと柑橘の匂いがします。
「お嬢様とスエレさんに持ってきました。これもメイドの仕事です」
「メノアさんは侍女でしたよね?」
私もメノアさんをメイドさんとして認識していましたが彼女は同じ侍女と紹介された筈です。
「あー私は一応侍女ですが実態はメイドですね。いずれはスエレさんやサキさんみたいな敏腕の侍女になってお嬢様をお支えするつもりです。
それと私は夜会には参加出来ないんで何か力になれないかなぁって考えてこちらを用意しました」
「お姉ちゃん、メノアさんはお菓子作りが得意なんだよ」
えへんと胸を張っていました。メノアさんの手作りとは興味が沸きました。
お嬢様の部屋に戻ると早速頂くことにします。
「これはレモンケーキですね。香りからするとチーズと蜂蜜をたっぷり使ってます」
「流石スエレさん、その通りです。結構自信がありますよ」
見た目から口当たり、香り、味とどれをとっても絶品です。
「凄いです……」
「お姉ちゃんどうしたの?」
美味しいものを口にしたのに雑念が生まれます。
「あのね。わたしはお姉ちゃんの悩みを聞きたいよ」
「お嬢様…….すみません。何度目にもなるのですけど、自分の無力さに打ちひしがれていました」
正直に話すことにしました。侍女として主人に心配をかけるなんて駄目に決まっています。嘘でも平静を装うべきだと分かっていてもお嬢様に嘘を付きたく無かったのです。
「それって昨日の事?」
「はい。ランファーナさん達が現れた時、私は何も出来ませんでした」
侍女の仕事範疇を越えているのは分かっています。でも、私はノルカさんのように立ち向かいたかった。
それにフロマージュちゃんのような賢さも無ければ、アイリッシュちゃんのような穏やかさもないです。
「うん。わたしも同じなの」
「お嬢様?」
「わたしの方がお姉さんなのに頼りないの、わたしは師匠から色々教えてもらってるのにダメダメなんだよ。お姉さんやお兄さんみたいな才能も無いのに次期公爵……」
お嬢様が下を向いてしまいました。
「でも、お姉ちゃんは覚えている? 師匠が言ったの。『隣で大輪が咲いていてもお前の価値は損なわれない』」
……あっ!? 思い出しました。旦那様は続けて言っていました。
『お前はまだ蕾にもなっていない。芽も出ていないだろう。それは成長途中だからだ。これだけは忘れるなレティシアお前は誰よりも綺麗な花を咲かせる時がいつか来る。だから今は足踏みしても構わない。落ち着いたら歩き出せば良い』
誰よりもお嬢様の事を信頼している言葉でした。私もその場にいたのです。
「だからね。わたしは前を向いて歩くだけじゃなくていっぱい走るの。いつか師匠に追いつく為に」
ニコリと太陽のような暖かく眩しい笑みを浮かべていました。
「それにわたしはお姉ちゃんにも追いつきたいの。でも師匠もお姉ちゃんも悲しんだり苦しんだりすることもあると思うの。だから師匠やお姉ちゃんが悲しんでたらわたしが元気にするつもりだよ」
……旦那様、貴方はお嬢様がいつか芽吹くと仰っていましたが、私は既に綺麗な大輪の花を咲かせていると思っています。
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