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第十三話 皇帝に選ばれる理由

※別視点の話になります。

三人称視点です。

 帝都の離宮の一室で若い女が現在の上司に定期報告をしていた。

報告を受けた男は持っていた書類を乱雑に机に放り投げた。左手の薬指に付けた銀色の指輪が鈍く光っていた。

高価で絢爛な物を好むが銀色の指輪だけは別であった。部下の若い女は指輪が魔導具の一つであると推測していた。


「報告は以上になります」

「ああ、分かった」


 部下の若い女から報告を聞き無機質に答えるのは美丈夫な貴人である。

ヴァルナムシア帝国第四皇子キャンサールである。

風貌から冷静さよりも冷血さを感じさせ外見や雰囲気通りの男である。

他者よりも恵まれ優秀であるが何処まで行っても自分本位な考えでいた。

そして、己の考えが正道の常識であると疑うことはなかった。

また、情報を理解することは出来ても心の奥にある感情を理解出来ない。即ち、付いて行きたいと思えない人物であった。


「それで俺の聖女は?」

「記憶を失ったそうです」

「関係ない俺が手に入れるだけだ。本来の収まるところに戻るだけだろう」


 元帥との密約でフリングル公女付きの侍女を譲り受ける予定だった。しかし、元帥が逃走を許し保険として用意したヴェンフェリオン子爵も失敗に終わった。

平静を装っているが内心穏やかでないのだろうと部下の女は訝しんでいた。


「貴方であれば他の相手を選んでも良いのでは?」

「あれが良い。彼女は俺のものだ」


 愛や恋といった情熱はなく凍えるような執着を感じ部下の女は静かに息を呑む。

自分の思い通りにならなければ癇癪を起こすキャンサールが落ち着いたように見えるのは求めている女への強い執着心と欲望が理由かもしれない。

考えを一旦中断して答えを想像できるが念の為に確認をする。


「また、ヴェンフェリオン子爵の事ですが」

「ああ、そう言えばそんな奴もいたな」


 大して優秀でもなく家門の力も余りに役に立たなかったが、忠誠心だけはある男だったと思い出す。

そんな男ですらも廃棄場に置かれたゴミ程度にしか顧みなかった。失敗すれば屑であると吐き捨てたのだ。

優秀な部下であれば成功して当然で加点に値しない。極端なまでの減点方式であった。


「どうされますか?」

「始末しろ」

「よろしいのですか?」


 部下は想像以上に酷いなとキャンサールに失望を覚える。

皇帝の寵愛を受ける第一側妃の長子として産まれ血筋と才覚はあるものの人望は皆無に近かった。

ある意味ではヴェンフェリオン子爵のような心からの忠誠を誓う者は希少である。


「承知しました。手配しましょう……何か?」


 突然、腕を掴まれて若い女は問いかける。声は平静であるが怒気が混じっていた。


「偶にはどうだ?」

「お断りします。私はバハムート卿の配下です。現在は貴方と雇用関係に置かれてますが、その手の事柄は業務外です!」

「金だけは持っている男爵に仕えるよりも良い思いをさせてやろう」


 顔だけは良いなと女は思う。緩やかに腕を捻って腕の拘束を解く丁寧な対応で応える。


「残念ながら私の相手はバハムート卿が決める事です。それから一介の男爵に過ぎませんが建国から存在する家ですので歴史もある事をお忘れなく」


 一礼して女は部屋を後にした。以外にもキャンサールは何もしない。これが他の相手であれば処刑するか力づくで言いなりにするが皇帝でも敬意を払うバハムート卿を的に回す気はなかったのだ。


 若い女は最低限の音だけ出して移動する。少しだけ速度を落として音を遅くする。暫く歩くと溜め息を吐き後ろを振り向く。


「フォン皇太子、何でしょうか?」

「やっぱりバレちゃった?」


 悪戯がバレたと笑ってフォンが歩いてくる。金髪碧眼の美男子で性格も穏やかで人に好まれる人柄をしている。容姿もキャンサールに勝っているだろう。


「皇太子である貴方が離宮にいて良いのですか?」

「良くはないね。でも、バレないようにしているよ。貴女にだけはバレてしまうけどね。バハムート卿はご健勝かな?」


 立ち話をしつつも周囲に誰かいないかと警戒を緩めない。その姿を認めるが女は安堵と呆れを抱いた。


「変わりありませんね」

「それもそうだね。ところで第四皇子の執務室から出てきたのはどうしてかな?」


 本題に入ったフォンを凝視した。外見ではなく中身を見るように見続ける。


()()からの命令で監視していました」

「ディエレーズ元帥から? しかも貴方が直々に!?」


 若い女は後ろに束ね垂らしていた髪を解き、くすんだ茶色だった髪色を夜のような漆黒の色に変化する。

容姿の変化は無いが雰囲気の変化からより若く見えた。


「いつもの姿になったね。改めてこんにちは、カヤノヒメ」


 若い女の正体はディエレーズの子供の一人、魔人カヤノヒメだ。

正道や理屈を好む真面目で几帳面な性格で父親からの信頼も厚い。


「ランファーナとオルダーカシャは無理ですし他の魔人も同様です。父上も面倒な事を頼んできて大変ですよ。キャンサール皇子は顔だけは良いですがそれ以外は最低ですね。ついでにヴェンフェリオン子爵を始末する命令が下されましたがやったフリをします。ですが注意してください」


 ほんの少しだけ砕けた言い方にフォンは破顔する。

何故か始末される予定のヴェンフェリオン子爵の件はエルシアに相談しようと考えた。


「それで彼は貴女から見てどうなの? 言い方を変えようか。僕に比べてどうなのかな?」


 溜め息を大きく吐く。答えるのが嫌というよりもフォンの態度が難儀だと思ったからだ。


「比べるまでもないでしょう。そもそも私達は貴女を皇帝にする事を選択しました。大教授が父上に囚われたからと言って貴方が揺らがないように彼の立場が変化するわけはない。

哀れなのは父上に欲を利用され体良く使われていることに気付いて……ん、どうされました?」


 フォンの表情に変化があった。それはほんの僅かな否定的な感情であった。


「彼はディエレーズ元帥に利用されていることは彼も知っていると思う。その上で状況を打開しようとしているのだと思うよ」

「ならば余計に愚かです。ところでフォン、貴方は哀れんでいるのですか?」


 フォンは人柄が良いだけでなく才気に溢れている。思慮深く視野も広いので皇帝の器はある。しかし、致命的に甘さがあるのだ。


(師であるフリングル公爵は理解しているから必要があれば非情な判断を下せるエルシアを妃にした訳でしたね)


 だからと余計な指摘であるが老婆心から言うことにした。


「甘さを捨てろとは言いません。ですが必要な時に非情にならなければいけません」

「耳が痛いね。師匠からも同じ事を言われているよ」


 己の短所を理解しつつ曲げる事を避ける。利点と欠点は表裏一体であるから一概に非難しがたい。


「まあ、貴方の良い点でもありますからね。先程の言葉は皇帝に対してであって個人的には好印象があります」

「おや、貴方に言われるとお世辞でも嬉しいかな。でも駄目だよ僕にはエルシアちゃんが」


 大きく音が聞こえるほどにカヤノヒメは溜め息を吐く。話が本題から離れていたからだ。


「夜会の日に実行するのですか?」

「……隠し事はできなそうだね。その通りだよ。それでどうするつもりなのかな?」


 魔人として排除すると言われればフォンは抵抗する間もなく終わる。心に余裕を持って聞いているが相応の覚悟があった。


「一度だけ言います。私は何もしません」

「……分かったよ。ありがとう」


 感謝される謂れはないが気持ちを受け取り踵を返そうとする。だが思い出したようにあくまで独り言を呟く。


「私だけでなく父上の子供達は()()以外は干渉しませんよ」

「重ねてありがとう。重要な情報だよ」

「なぜ感謝するのですか?私は独り言を呟いていただけです。……貴方達は一人一人の動き次第で結果が大きく変わると思います。特にノルカが鍵を握るかもしれませんね。何にしても貴方達がより良き結果を迎えられるように願っています」


 独り言を言い終えると今度こそ踵を返した。


「ほんとにカヤさんはお人よしだなぁ。でも兄上ってことは……つまりバハムート卿は敵になるってことか」


 ヌフィップ・バハムート男爵、帝国財政界を牛耳る事業家な表の顔だけではない。次期皇帝に内定しているフォンは彼がディエレーズ元帥の長子である魔人だと知っていた。

話は通じる相手ではあるが百戦錬磨の相手であり若輩者では対処出来ないだろう。


「本番じゃ僕は戦闘じゃ役に立たないけど出来ることはしよう。彼を抑えるのは僕の役目だね。その為にまずは……」


 誰かの為に自分の出来る事をすると心が燃え上がる事をフォンは自覚していない。彼が周囲を惹きつける武器であるが己だけが知らなかった。

そして、他者の為に頑張れるから彼は魔人達から皇帝に選ばれたのだ。

いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。

月・金の18時〜20時の更新になります。


誤字脱字報告や感想、評価などいただければ今後の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。

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