第十二話 私に聖女の素質? 無いと思いますよ
後半部分の加筆をしました(2025.01.02)
音を立てずソルカさんが立ち上がります。二人……いえ、二柱の魔人と向き合います。
「お前達が魔人か……だが肝心な点が抜けとるな。儂らの味方ではないじゃろ?」
ソルカさんの指摘にオルダーカシャさんは表情を変えずに一歩前に出ます。ノルカさんが立ちはだかります。
「やめておきなさいノルカ、私は争うつもりはないと言ったのよ。貴方は馬鹿だけど大馬鹿ではないから理解出来るでしょう? 彼我の差も戦力の差もね」
「…………」
ノルカさんは何も言いません。ただ無表情で無言を貫いていました。或いは隙を窺っているのかもしれません。
「ではお話をしましょうか」
ニコリとアルカイック・スマイルをしていました。勝るものが無いと思えるほど美しいのに拭いきれない不安を覚えてしまいます。
同時に心の底から沸き上がる熱……仄暗い怒りがありました。
「君達の解釈はまあまあ面白いけど前提が違うよ」
男の子……ランファーナさん? が立ち上がります。背丈よりも大きい木製の杖を持っていました。
「プリンセスメモリーを手にしたから父さんに狙われたって考えは違うよ。そもそもの話だけど現在プリンセスメモリーは何処にあるのかって点を考える必要があるよね」
「成る程、そういうことか……なんとも、酷いな」
ソルカさんは理解したみたいです。でも私には何が何だか分かりません。
「どういうこと? ソルカ、拙者に分かるようにプリーズでござる」
神妙な顔でソルカさんが私を一瞥します。
「小娘良いのか? 知らん方が良い事はある。……まあ、此奴らに気づかれている時点で隠す意味は薄いがな」
「私は構いません。ソルカさん説明をお願いします」
真摯にソルカさんは私を見つめ視線が交差しました。そんな私達を見るオルダーカシャさんがクスクスと愉快そうに笑っています。
私は酷く不愉快に感じました。
「プリンセスメモリーはお前じゃよ」
「私が……プリンセスメモリーですか?」
つまり……どういう事でしょうか?
私は人間じゃなくてって事ですか? でも私は人間だと思いますよ。
「変な想像をしてそうじゃな……お前は確か一応人間の筈じゃったろう。実物は儂も見た事がないがプリンセスメモリーは恐らく指輪サイズの宝石な筈。埋め込まれたというより肉体と同化させられたのだろう。奴の技量であれば可能な該当だな。それで儂の考察は合っとるか?」
杖をクルクルと回すランファーナさんは話を楽しそうな表情で聞いていますが何処か冷めた雰囲気を纏ってるように思えました。
一方でオルダーカシャさんの方は私の身体を見ているようでした。何処か私を下に見るような目線でした。
「大体合ってるかな。記憶を失う少し前に仕込んだんだと思うよ。あー仕込んだって言っても実害は無いと思うから安心して良いよ。まあ、記憶が消えたのが副作用と言えるかもしれないけどね、
それとアレを扱えるのは一部の特権者だけだしね。それで何故仕込んだかはいう必要ないね」
「いや、言ってっ!? 拙者、全く分からんよ。まじ分からんよっ!」
ノルカさんが叫びます。私は話の輪郭を掴んできましたが、一つ思い当たる疑問がありました。
何故、ディエレーズ元帥は私を始末したいのでしょうか?
「ノルカ、思い出して欲しいんだけどさ。そもそも父さんはその子を始末したかったでしょ。だから事の始まりはプリンセスメモリーを手にしたではなくその子を始末したかったって事、此処までは分かった?」
「お、おう。全然分かったような気がするかもしれないでござる」
首を傾げています。でも話の内容からノルカさんは元帥の事を私よりも知っているようです。
「一つ質問良いかな? どうして彼女はディエレーズ元帥に狙われている。公女付きの侍女、否、美しく可憐で聡明な女性ではあるが……」
静観していたヴェンフェリオン子爵が問いかけます。少しだけ声が上擦っていますが無理も無いです。
普通に話せるノルカさんとソルカさんが凄いのです。
「……はあ、飼い主から聞いてないの。取り敢えず聖女の素質があるからでいいんじゃない」
聖女の素質……私にあるように思えませんね。
聖女の方々は清く正しく優しい心を持つのが条件です。更に高い回復魔術の素養や浄化魔術の有無が重要ですので私は違いますね。
仮に聖女候補でしたら公女付きの侍女になりませんので無いのは確実です。
それよりも取ってつけたような投げやりな言い方をしたのが気になりました。
「それはどうでもいいでござる。ママを傷つけるのは如何なる理由があっても赦さない」
「……そうね。あの子は貴女を護る為にプリンセスメモリーを使用して同化させた。お父様もプリンセスメモリーを壊すのは避けたいもの。でもあの子はお父様に囚われてしまった。利口な貴方達なら私達が何を望んでいるか分かるわね?」
言葉に裏はないように思えます。裏があるのではないかという疑いとは別の部分で信用できないですが……望み自体は私達の目的と合致しています。
「師匠を助けることだね」
「その通りよ。ふふっ、だから私達は敵ではないってことね。でもお父様と直接敵対する事を私達は出来ないからこれをあげるわ……ランファーナ」
ランファーナさんが杖を振るとノルカさんの掌の上に小さな黒い箱がありました。箱を見てノルカさんが目を輝かせています。
「良いのっ!? これでリロ君と一緒に戦えるっ!!」
「な、なんじゃそれは? 姉者知ってますのか?」
はしゃぐノルカさん、普段からテンションが高めですが初めて見るテンションの高さです。
「夢を固定化する装置、或いは夢の存在を呼び寄せる装置だね。使い棄てで予備は無いけど役に立つ筈だよー」
「あー、そういうことか。ならば姉者の盛り上がりようは頷ける。……だから問うぞ。何故、儂らに協力する?」
問いかけに意外そうな顔をしています。それから溜め息を吐いて真っ直ぐに私達を見ていました。
「簡単だよ。友達を助けるのに理由は必要ないからね」
「……友達か。お前達は神に等しき存在じゃろ? 何千何万と生きた者が」
「月並みだけど友情に時間は関係ないよ。それに……ううん。これはいいや。じゃあ、オルシャ帰ろうか。あんまり長居するとヌフィップ兄さんがうるさいからね」
「うん? 折角だからコーヒーを頂こうと思ったけれど、そうね、お兄様が口うるさそうだから仕方ないわね。それじゃ頑張ってね。負けたら死んじゃうものね。死ななくても負けたら私が殺しちゃうわよ」
笑顔のままに私達全員を一瞥して最後に私に笑いかけました。冗談ではなく本気で言っていました。
ランファーナさんが杖を振ると最初からいなかったように姿が消えました。
「やっと消えたか。ったくありゃ正真正銘のバケモンじゃな。二人……数え方は二柱か。あんなのが他に六柱もいるとは我が国ながらイカれているように思えるのう。
普段なら口煩そうな餓鬼どもは口を開いてないしのう。いつものように小生意気に……っおい、餓鬼共喋れっ! 儂が説教だか虐めているようになるじゃろっ!?」
フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんが小さく震えていました。お嬢様が二人の手を掴んでいます。
でもお嬢様も震えるのを我慢していました。
「ごめん。アイツらは無理、機嫌次第で私達は殺されてた」
「ほうっ、小生意気な餓鬼が井戸の外を知ったか。確かにそうかもしれんが、儂は奴等を目の前にしても平気じゃった。何故か分かるか? 儂が強いからだっ!! だがそれはお前よりちっとばかしババアだからだ。お前も儂くらいのババアになればちったあマシになるじゃろ。
それからお前達のような右も左も分からん餓鬼は年上を頼ればいい。例え殺し合いになろうと儂と姉者がいればお前達母子と公女の娘を護ってやったさ。
まあ、そこの小僧は確実に死んだがな」
「……確かに」
励ます為のソルカさんの言葉、フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんは目線を上げます。
それからヴェンフェリオン子爵、オチに使ってしまったことを代わりに謝らせてください。
「どうやらお客様はお帰りになられたのですね。私が出ていっても状況は良くならないと判断して静観していました」
店員さんがトレーを持ってきました。甘い良い香りが漂っています。
「別に良いぞ。余計な事をしないだけ褒めて遣わす」
「ありがとうございます。ですがお詫びの印として此方をお召し上がりになってください。特製の蜂蜜たっぷり使ったプリンです」
透明なグラスに入った美味しそうな黄色のプリンがテーブルに置かれました。
でもソルカさんだけ緑色をしていました。
「特製の茶葉を使ったプリンです。甘さは控えめになってます。ヴェンフェリオン子爵もどうぞ」
ソルカさんと同じ緑色のプリンでした。
「有難い」
「じゃあ、みんなでいただきますっ!」
元気良いお嬢様の掛け声で私達は舌鼓を打つことにしました。
濃厚な甘味と滑らかな舌触りです。
「あ、すごく美味しい」
思わず感嘆の声を上げました。お嬢様達も同じでソルカさんも納得の味みたいです。
「っ…………苦い」
ヴェンフェリオン子爵だけは形容しがたい複雑な顔をしていました。
「すまない。昔から苦いものが苦手なんだ……」
素早く来てくれた店員さんから渡された口直しのココアを飲んでいます。
私達もいただきましたが上品な甘さがする口当たりの良いココアです。
甘いものが苦手なソルカさんは飲んでいませんがチラリと店員さんを怪訝そうに見ています。
「あの程度の苦さに音を上げるとは情けない奴じゃな。してやはりお前の動きは素人ではないな」
「恐縮です」
「公爵直属の特務隊だったのか?」
店員さんは目を閉じて横に首を振りました。
「特務隊所属でありますが公爵閣下の直下ではありません。私の嘗ての上官は大教授殿です」
「……ほう」
ソルカさんは納得していますが私は驚きで声をあげそうになりました。店員さんは旦那様の部下であった!?
「兄者の部下って……それはあり得ないでござる。拙者達以外に」
「姉者、あり得ますぞ。儂も中央司令軍以前の部下で現在も生きてる者にあったのは初めてじゃが、負傷していたのか?」
店員さんは肯定していました。それから右腕側の服の袖を捲りました。火傷跡がありました。
「初戦で負傷したときに出来たものです。後方に送られ私だけが生き延びました。
少し私の自己紹介をしてもよろしいでしょうか。私はアセナ・ヴァレット、公爵閣下から騎士爵を授与されています」
「……騎士爵だったのか? 雰囲気からして上流貴族かと思っていたぞ」
騎士爵は功績の残した平民に与えられる栄誉称号です。私もソルカさんと同じで店員さん……アセナさんが振る舞いが貴族的と言いますかエルシアさんに仕える侍女さん達に近い雰囲気を感じていました。
「私はヴァルナムシアの生まれではありません。メイトール女王国で生を受けました。ご察しの通り私は魔女です」
魔女の国メイトール女王国、人間と似た種族魔女が住む国家です。遠い昔は人間と魔女で争いがありましたが現在はアセナさんのように人間の住む国家で暮らすのも珍しく無いとエルシア様に教えてもらいました。
「魔女のはみ出し者か。まあ、大教授からしてそうじゃからな。それで軍を退役して喫茶店をやっとるわけか」
「ええその通りです。公爵閣下の許可もあって店を営業させていただいてます。それから故郷の幼馴染と結婚しました。自分で言うのも恥ずかしいですが、今は幸せです」
ニコリと綺麗な笑顔をされました。
「スエレさんでしたよね? いえ、侍女様にさん付けは無礼でした」
「いえ、お気になさらないでください!」
私の方が爵位は上のようですが、あまり自分が貴族階級の自覚が無いのです。
「そう、ですか。ではさん付けで呼ばせていただきます。
貴女の事は大教授から聞いていました。とても大切な人であると、それから……あ、すみません。私の口から言わない方がいいことでした」
えーと、結構気になってしまいます。それよりも旦那様……
「私が大教授の部下だった期間は短い間でした。初めて会った時、私よりも年下の少年でしたが不思議な方でした」
不思議ですか? その話をもっと詳しく聞いてみたいです。
「「……」」
フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんが不満そうにしていました。
でも気づいたお嬢様が二人に笑いかけると照れていました。
「お姉ちゃんは二人の事も大好きだよ」
「そうだよ。二人の事大好き」
二人を置いて話をしていたから拗ねていたみたいです。
「うー、ママそろそろ時間でござる。あんまり遅れるとエルちゃんがブチ切れる(拙者に対して)でござる」
「そうですね。アセナさん今日はありがとうございました」
「此方こそお会い出来て嬉しかったです。もし宜しければまた来てください。その時は大教授殿も一緒に」
朗らかに柔和な表情を見せられて私はふと気付きました。彼女の雰囲気が何処か……
「もしかしてアセナさん」
「ふふ、ご明察通りです。ですので次にお会いした時はお願いしたいことがあるのです」
大切そうにお腹を撫でていました。そうですよね。彼女のお腹には……
「女の子だと思ってます」
「そうなんだ。じゃあその子の友達にわたしがなる」
お嬢様が言います。優しく思い遣りがある言葉ですがお嬢様の立場だと聞いたアセナさんが少し萎縮していした。
「ありがとうございます。お友達は……気持ちをありがたいですが……そうですね。この子が大きくなったらお嬢様のお側でお仕え出来ればと」
将来の事はまだ分かりませんが私はアセナさんのお腹の子とお嬢様は仲良くなるような気がしました。
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