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第十話 忘れてしまってごめんね

 本日はお嬢様のご要望で城の外にお出かけしています。

お出かけする前にエルシア様に確認しましたが警護上の問題はないとのことでした。

お嬢様も楽しそうですし一緒に行くフロマージュちゃんとアイリッシュちゃんも同じでした。また、警護を担当するノルカさんが一番張り切っていました。


「なら儂も行くぞ」


 ソルカさんも着いてくる事になりました。私としては異論はなかったのですが……


「なんでアンタもいるの?」


 フロマージュちゃんが問いかけます。私も少し動揺しています。何故ならこの場にいる筈のない人がいたからです。

ヴェンフェリオン子爵、地下牢にいる筈の人でした。


「儂が連れ出した。弱っちいがこれでも警護(肉壁)くらいは出来るだろうよ。文句あるか?」

「あるに決まっている。犯罪者を連れ出すってどんな了見?」


 フロマージュちゃんとソルカさんが言い争います。ノルカさんが二人に近づいて静止しました。


「マージュちゃん、心配は不要でござる。何かあれば拙者が始末する。それにソルカが首輪を付けてるから」

「首輪……ん、物理的に付けてるわね」


 ヴェンフェリオン子爵の首には黒と金色のお洒落な首輪が嵌められていました。

多分ですけど監視用の首輪ですね。


「僕の事を気になるだろうが空気のように思ってくれて構わない。ただ警護の関係であまり離れないでくれると助かる」

「……どうしてこの人を出す事にしたの?」


 じっと様子を見ていたアイリッシュちゃんがソルカさんに問いかけました。


「使えるかもしれんからじゃな。あー公爵には一応許可を得ている。まあ、此奴は木端貴族に過ぎんから扱いは簡単だが仮にも貴族だ。面倒さもあるって事で儂が拾うことにしたんじゃ」

「分かった」

「ちょっ、リッシュ、納得して良いの!?」


 私は政治的な取引の善し悪しは分かりませんが、ソルカさんを信用する事にしました。厳密にはノルカさんが信用するソルカさんを信用しているのです。


「ママ、どしたの?」

「いえ、私はノルカさんを信用しています」

「ん、それは、嬉しいでござるっ」


 私の手を取って軽快なステップをして露店を見回しました。ノルカさんの動きが早くてゆっくりと見ることができません。


「お、姉者っ! 逸れるぞ。待つのじゃ」

「はあ……行くわよ」

「そうだね。行こっ」


 お嬢様達が急いで着いてきました。


「ノ、ノルカさんっ、ゆっくり行きましょっ!」

「はっ! ……ごめんでござる。久しぶりのママとのデートだから我を忘れてしまった」

「たくっ……何してるのよ」


 口を尖らせたフロマージュちゃんですがお嬢様とアイリッシュちゃんと両手を繋いでて可愛いと思いました。


「君は警護対象なんだ。楽しむのは良いが節度を持っ」

「黙れ。貴様如きが姉者に命令するなっ!!」


 背筋が寒くなるような声色でソルカさんがヴェンフェリオン子爵に言います。

それと多分ですけどヴェンフェリオン子爵はノルカさんではなく私に言っていると思います。


「? ねえ、警護対象って姉さん(フリングル公女)じゃないの?」

「僕の護衛対象はスエレ嬢だよ。そうですよねソルカ殿」

「そうじゃよ。此奴はフリングルではなく儂個人の駒じゃからな。そのように命令したんじゃ」


 私の護衛と言われましたが、私には不要なものだと思います。

護衛するのならお嬢様の方が良いのですがソルカさんに深い考えがあるのかもしれません。


「小娘に言っておくが夜会の本番でも此奴を護衛として置いておく」

「……分かりました」


 まだヴェンフェリオン子爵に苦手意識がありますが今の彼から敵意や悪意を感じませんので受け入れます。


「ねえ、お姉ちゃん」


 お嬢様が私の右腕をトントンと指で突いて呼んでいます。メノアさんが言っていた事ですが稀にお嬢様がする癖のようです。


「なんでしょうか?」

「蜂蜜を見よう。それからクレープも食べたいかな」

「蜂蜜、クレープ……あっ……あ、どうして……忘れ、て……」


 お嬢様の言葉で思い出した事があります。以前にもお嬢様と蜂蜜を買ってクレープを口にしました。

確かその時は……


「母さん?」

「どうしたの?」


 フロマージュちゃんとアイリッシュちゃんを思わず抱きしめました。


「ごめんね。忘れてて……」


 お嬢様と旦那様とフロマージュちゃん、アイリッシュちゃんと一緒でした。


「……あの時食べた蜂蜜クレープ美味しかったね。焼き林檎は火傷に気を付けないといけなかったね」


 ポタリポタリと涙が溢れます。私は酷い母親です。この子達との大切な思い出を忘れていたんですから……


「母さん、何度も言うけどね。わたしは母さんが好き。だから泣かないで母さんが忘れてしまっても私とリッシュは覚えているから」

「そうだよ。誰も責めない。悪いのは……」


 慰められて自分が情け無くなってしまいます。後ろからお嬢様に抱きつかれます。


「ごめんねお姉ちゃん。記憶なくて辛いのわたし理解してなかった」

「違うんです。辛いのは私じゃなくて……」

「グスっ、ママ……ぅ」

「何故、姉者が泣くのじゃ……」


 皆泣いてました。私が原因なのですがこのままではいけないと思い前を向きたいと思います。


「お嬢様、フロマージュちゃん、アイリッシュちゃん、ノルカさん……ごめんね忘れてしまって……それから美味しいものを食べましょうっ!!」


 気分が落ち込んでしまったなら美味しいものを食べて元気を出すのが良いのです。


「そうじゃな。儂も賛成じゃな。餡蜜か団子を食えるところが良いな。儂は要らんが姉者が好きだからな」

「扱ってるお店が無いわよ。いつものとこにしない?」

「そうだねー行こっか」


 お嬢様達が近くのカフェを指さします。近づくと美味しそうな紅茶とケーキの匂いがします。

 中に入ると若い女性の店員さんがお嬢様達を一瞥して穏やかな笑みを向けていました。


「いらっしゃいませ未来の公爵様。今日は何をお望みですか?」

「それじゃ元気の出るものをお願いします」

「承知しました。少々お時間をいただくので席にかけてお待ちくださいませ」


 店員さんは無駄の無い動きで準備を始めています。早く動いているのに足音一つ立てないのが凄いです。

 座って待っているのですが、ヴェンフェリオン子爵だけが立ってます。


「座らないのですか?」

「気にしなくても良い。僕は護衛だから同じ席に座るわけにいかない」


 ノルカさんが一緒に座っているから不思議に思いましたが、通常はそれが当たり前ですね。


「殊勝……いや、当然の考えじゃな。しかし、あの若い店員は中々に動きが半端ではないな。かなり出来そうじゃ。公爵直属の特務部隊出身者かもしれんのう。じゃから此処は良い場所だな。盗聴の危険も少ない。それで──」


 私をソルカさんが見ています。


「先程小僧が言いかけたことを覚えているか?」

「アイリッシュちゃんが……」


 確か……『そうだよ。誰も責めない。悪いのは……』と言ってました。悪いのはと言ったのは誰かに私が記憶を失う原因があった事を指しています。


「恐らくお前とそこの子爵以外は察している」

「え? ……拙者は分からんよ」

「え!? ま、まあ、姉者は偶々知らないが双子とちびっ子は知っとるぞ」


 お嬢様とフロマージュちゃん、アイリッシュちゃんは無言で肯定しています。


「エルシアの奴と公爵も察している。最初は普通……と言うには語弊があるが通常の記憶喪失だったと考えたかもしれんがその後の状況証拠を踏まえれば自ずと確信に至る」

「ソルカさん、教えてください私の記憶喪失の原因を」


 ソルカさんが一呼吸置いてから口に出しました。

私は自分で気づくべきでした。記憶を失ったのが偶然でなく作為的であった事に……


「原因は(グランド)教授(プロフェッサー)じゃ。恐らくお前が転移した時に記憶を消去するように魔法陣に設定したんじゃろう」


 私は衝撃よりも納得していました。何故か腑に落ちると言いますかパズルが上手く嵌る感覚があったのです。


「そんでこっからが本題じゃ」

「ん? それが本題じゃなかったの?」

「姉者……違うのですじゃ……」


 私もノルカさんと同じ感想を抱きます。また、お嬢様も同じ反応です。アイリッシュちゃんは怪訝そうにしてます。フロマージュちゃんは少し怒ったような表情をしています。


「記憶を消した原因が最重要な点じゃよ。彼奴はお前に危害が及ばない或いは時間稼ぎの為に記憶を消した筈じゃ。

しかし儂は単刀直入に聞くぞ。お前はプリンセスメモリーという言葉を知っとるか?」


 プリンセスメモリー? 分からないです。でも聞いた事があるように思えてならない言葉です。

いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。

本作は月・金の18時〜20時の更新になります。


誤字脱字報告や感想、評価などいただければ今後の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。

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