夜、自分の部屋で
僕の部屋で―――虫が入って来た。コツンと音がして僕の目の前に降りてきた、というより落ちてきた。小さな甲虫、名前は知らない。相手は勿論名乗りもしない。無作法な奴だ。無作法な奴だけれど、それでも気が引けるのかバツが悪そうにゴソゴソと逃げて行く。どこから入って来たのかな。網戸はしっかり閉めてある。こいつ、網戸の目より小さいのかしら。そんな風には見えないよ、やっぱりね。でもこういう連中の乱入はそのまま春や夏の侵入を表している。生命の侵攻を表している。
僕は今まで何をしてきたのだろうか。(何もしてこなかったのだ、当たり前じゃないか)僕はこうして“何者か”になったのだろうか。(ならない、成らない、元のまま、始めのまま、そのまま)僕はずっとこのままだったしこれからもそうだろう、という考えには少し安堵感がある。(うん、正直な感想だ)けれど懐疑も少し覚える。(これも正直な感想だ)だから、どうも、不安で一杯なんだ。(ああ、やっぱり)
涼しい風とカエルの鳴き声、まんまるお月様と濃紺の空、網戸の向こうにはりついた蛾の羽音と外を走る自動車の光、動いている光、道路に沿って並ぶ街路灯の光、動かない光、蛾もどこかへ飛んで行ってしまった。ヒステリックな猫の叫び声、のんびりとした犬の遠吠え、いろんな音といろんな光と、皆愉快に―――僕の目の前には蛍光灯。この机の上は雑然としているけれど、その光はまるで古代の遺跡をくっきりと照らし出すイタリアの太陽のように、輝いているぞ。いや、明るい、明るい。




