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96 兄妹の再会


 いつも明るい場所で花のように微笑んでいた娘は、暗い窓辺でまるで萎れてしまったかのように沈んだ顔をしていた。

 闇夜を見つめる姿の重苦しさに、ヘルムートは一瞬かける言葉を失う。


「……ラーラ?」


 恐る恐る呼びかけると、窓の外を見ていた娘はハッと夢から覚めたような顔で振り返る。

 部屋の戸口に兄が立っているのを見つけると、その瞳は見る見るうちに潤んでいった。


「……お兄様……⁉︎」


 ラーラはすぐに駆けてきて、ヘルムートに飛びつくように抱きついた。


「お兄様ったら! 遅いわ!」

「すまない」


 そんな妹を、ヘルムートは申し訳なさそうな顔で受け止める。

 短い謝罪には言い訳がない。妹は不満そうな顔を見せ、文句を言う代わりに兄の胸をポカポカと叩いた。それをひとしきり困り顔で見守ったヘルムートは、彼女に気落ちした様子のわけを訊ねた。


「…………」


 しかし、すると妹は黙り込む。言いたいことはあるが、言えないとためらうように唇を固く結び、しばらく逡巡したあと、フッと息を吐いて兄を見上げる。ラーラは虚しそうな、どこか投げやりな表情で。その生気の薄い表情にヘルムートは戸惑う。


「……言わないわ。だってお兄様には、私より大切な人ができたみたいなんだもの」


 ふいっとへそを曲げたようにそっぽを向く妹に、ヘルムートは目をまるくする。


「それは違う。確かに私には大切な方がいるが、だからといって家族が大切でなくなるわけではない。そうだろう?」


 諭すように言う兄に、ラーラはちょっと唇を尖らせ、横目で兄を見た。

 本当は、『そんなことない、お前の方が大切だ』『お前が誰より大切だ』と、言って欲しかった。……以前の兄ならそう言ってくれたはずなのだ。

 それなのに、兄はラーラの『自分より大切な人ができた』という言葉を否定もしなかった。

 ずっと、兄が帰ってきてくれたらと思っていたが、なんだか余計に気持ちがモヤモヤした。

 ラーラはため息混じりにぽつりとつぶやく。


「……なんだか……世界がすっかり変わってしまったみたい……」


 自分を溺愛していたはずの兄は自分から離れ、運命の相手だと互いに感じていたはずの王太子も……今や別の女性との間で揺れている。

 これまでだって色々と困難はあったけれど、その二人だけはずっと不変だと固く信じていた。

 暖かかったはずの世界が、急に冷たくなったように感じられて。ラーラはどうしていいかわからなかった。


 すっかり黙り込んでしまったラーラを、ヘルムートは心配そうに見ている。


「私にできることならなんでもする。訳を話してくれ」

「…………」


 そう言ってくれる兄の目は、やはり以前とは何かが違う。

 ただひたすらに甘やかして守ってくれて、自分を常に一番に考えてくれた兄と、今彼女を見る兄はどこかが違った。

 そこに兄との間の距離を感じて。兄妹のこの距離を作っただろう、まだ見ぬ“兄の大切な女性”に、ラーラは鬱屈したものを感じる。

 けれどもラーラはそれは顔には出さず、もう一度ため息をついて兄に薄く微笑えんだ。


「……屈辱的な話なの。……お兄様には聞かせなくないわ」


 それより食事にしよう、準備をするわと言って。ラーラは、その話題から逃げるようにして部屋を出ていった。

 そんな妹の様子に、ヘルムートは戸惑って一瞬唖然としてしまった。

 以前なら、妹はなんでも屈託なく彼に相談してくれた。

 彼女が兄に頼るのも、甘えるのも当然のことで。ヘルムートも妹の希望はできる限り叶えてきた、が……。

 今、部屋を出ていった背中は、まるで彼を拒絶しているかのようでもあった。

 そんな妹の姿に、ヘルムートは心苦しさを感じた。

 すべては、グステルのことに夢中になるあまり、ラーラを放っておきすぎた自分のせいのような気がして。

 だが、それでもとヘルムートは、自分の気持ちがくっきりと明らかになるのを感じた。


(もし……今過去に戻ったとしても、やはり自分は同じ選択をし、グステル様のそばにいただろう……)


 今も、できるならすぐにグートルーンに戻りたい自分がいる。これは彼にとっては苦しい選択だが、どちらの方に自分が必要かなどといった計算ではなく。気持ちがグステルのほうへ向いてしまっているのである。

 しかしそのためには、できるだけ早くこちらの問題を解決していかなければならない。

 一刻も早くグステルのそばに戻りたいが、家族が大切なのも本当なのである。

 そう気持ちが逸るヘルムートではあったのだが……。


 困ったことに、その後もラーラは、食事時も、その後の茶の時間も明らかにその話題を避けていた。

 それどころか、きっと聞かれるだろうと思っていたグステルのことにも少しも触れてこない。

 時節の話や、家内の小さなハプニングの話など、どうでもいい話題ばかりを話してくる妹は、どうやら今は本当にその話題を兄と話したくはないらしい。

 拒むような笑顔を貼り付けた妹の顔を見てしまっては、ヘルムートのほうでも無理に聞き出すことはできなかった。


 が、そんな妹の代わりに。

 彼女の側仕えのメイドのゼルマは、ずっと物言いたげにヘルムートを見ていた。

 そのことに当然気が付いた彼は、結局妹ではなく彼女から話を聞くことになった。


 妹のそばを守るメイドのゼルマに会いに行くと、彼女は重い口調で事情を話してくれる。


「……つい先日の話です。お嬢様はご友人のお誕生日パーティーに招かれたのですが……そこで、お嬢様がある令嬢とトラブルになってしまって……」


 ──ゼルマの話はこうだった。





お読みいただきありがとうございます。

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