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さて、では話をこの不可解な訪問をしてきた青年、推定“ヒロインのシスコンお兄様”に戻そう。
彼は、グステルの記憶によれば、ハンナバルト家の長男。
ヒロインラーラは、父親や侯爵夫人には冷遇されるのだが、そんな不遇な妹をヘルムートたち兄弟たちはとても大事にしている。
特に、長兄の彼のラーラへの溺愛はかなりのもの。
しかし彼については、メインキャラというよりは、サブキャラ扱いだったので、あまり詳しく小説中には書かれていなかった。
それでも前世でこの物語を読んだ少女期のグステルは、自分が長女であったこともあって、彼の少し行き過ぎた溺愛を、痛々しく思いつつも、そこまで想われるヒロインラーラが羨ましかった。
かわいらしい弟たちも姉を慕っていて、ヒロインのそんな家庭環境を『逆ハーレムみたいだ』とドキドキした記憶がある。
ヒロインの周りには、その他にも素敵な王太子や、大事にしてくれる幼馴染の青年、優しい従者など、次々に素晴らしい異性が現れていくものだから、余計にそう思ったわけである。
そんな、小説を読んだ当時の記憶を思い出したグステルは、改めて、目の前で落ち着いた様子で立っている青年を眺めた。
実は“ラーラの物語”には、挿絵がなかった。
だから、物語を知っているグステルも、登場人物たちの情報は小説の文章だけしか知らない。
この世界に生まれた現在も、あえて物語中の人々は避けてきたこともあって。こうして、自分や身内以外の登場人物を視覚で捉えるのは、初めてのこと。
おそらく彼は二十代半ばといったところ。
狭い店内がより狭く見えるような高身長。
武術かスポーツにでも嗜みがあるのか、体格もいい。
程よく整えられた頭髪は黒。襟足は少し長く、肩の上で外向きに跳ねていて、それが余計に彼の印象をスッキリと見せている。
前髪の下に見える瞳は少し切れ長で、青紫の色彩が花のようなあでやかさ。
鼻筋もすっきりと通り、肌もきれい。“美人”と形容して間違いのない容貌であった。
──なるほどと、グステルは渋い顔で納得する。
(……確かに、小説で“麗しい”と表現されていただけはある将来有望そうな坊ちゃん。可憐なヒロインの兄上として、時にヒーローたる王太子を圧倒すべきシスコン兄として、申し分のない存在感ね)
──ちなみに。
自覚する年齢として、前世と今世の歳を合わせて自分を捉えているグステルは、自分をもう高齢だと考えている。故に、若者は皆、『坊ちゃん』であり『お嬢ちゃま』であった。
しみじみとグステル。
(……文章だけだった世界が、こうして視界にも広がると……また違った喜びがあるわぁ……)
ヒロインの兄を前にして、うっかりそんなことをのんきに感心し──グステルはハッと我に返る。
(ち──違う! そうではなくて……もし彼が本当に“ヒロインの兄”なら、これは私にとってはかなりゆゆしき事態なのでは……?)
どうにも一読者であった頃の感覚が抜けず、出来事を一歩外から見ている気になってしまう。
(せっかく家出までして避けて差し上げたというのに……どうしてそっちからやってくるの……?)
どうしてもそこがわからない。
しかし、彼がどんな意図でここにきたにせよ、悪い予感しかしない。
ヒロインの兄であるということでもすでに怖いが、貴族である彼の背後にはどうしても公爵である父の姿がちらつく。
それでつい身構えた。
そんな娘の、あからさまに不審そうな表情を見て。目の前の青年は、きれいな青紫の瞳を少しだけ瞠る。
彼は次期侯爵。端正な容貌もあって、おそらく若い娘にそんな反応をされたことはなかったのであろう。
「……グステル・メントライン嬢?」
怪訝に呼びかけると、娘は何やら商売人らしい整えられた笑顔を浮かべる。
そして、小さく手を掲げてキッパリ断言した。
「違います」
「……」
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