表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/188

85 憂鬱な故郷

 一行は休憩を何度が取りつつ先を急ぎ、太陽が山の向こうに沈む間際に公爵領アムバハイデの領都、グートルーンにたどり着いた。

 グートルーンはなだらかな丘の上にある城壁都市。周りは穀倉地帯で、大河が土地を豊かに潤している。

 公爵邸を中心に据えた都の周囲には、十の塔と五つの門が備えられた分厚く高い堅固な城壁がめぐらされていて。

 グステルは、そのうちの一つの門を馬車でくぐりながら、車窓から夕日に照らされる街を眺めた。

 彼らの馬車の周りには、日暮れ前に都の中に駆け込もうという者たちが足を急がせている。

 こんな風景も、なんだかとても懐かしい。


(……あの頃のままね……)


 彼女は九年前も、この城門を通って領都を離れた。 

 視線を走らせればいくつも見覚えのあるものが目に入り、なんとも感慨深い。

 けれども自分はここを捨てて、この街を治める一族としての義務を捨てて去ったのだと思い出すと、なんとなく、気鬱になってため息が漏れた。




「──大丈夫ですか?」


 宿屋につくと、すぐにヘルムートが部屋にやってきた。

 青年は顔を見るなりグステルの気の沈みを見抜いたようで、心配そうな目をする。

 が、彼の顔を見た途端グステルがうっと身構えたもので。それを気遣ってか、彼は戸口から中へは入ろうとはしなかった。 


「あ……だ、大丈夫です……」


 休憩した宿場での出来事を思い出し、グステルは思わず沈んだ気持ちを忘れて赤くなった。すがる先を探すように視線を泳がせて、ゆ……っくりと、ヘルムートがいる戸口から離れて部屋の奥へ逃げていく。

 そんな気まずそうな彼女を見たヘルムートは、一瞬何かいいたげな顔をしたが。結局指でこめかみを掻くにとどまった。

 代わりに、どうやら何も考えていないらしいヴィムが、せっせとグステルの荷物の運び込みをやってくれている。


「ステラさんお荷物ここに置いておきますね。ローブもスカートも裾が土まみれですよ、着替えを用意しました。お湯も今持ってきます」


 若者は慣れた様子で働いてくれているが、忙しくしているせいか、グステルたちの間に流れる微妙な空気にはあまり気が回っていないらしい。仕事を終えてさっさか外に出て行こうとする彼を、グステルは慌てて呼び止めた。


「ヴィムさん⁉︎ い、行かないで! お──菓子! お菓子ですよ!」


 戸口を出ようとする青年に、グステルはすがるような声を掛け。その別の男宛の懇願には、ヘルムートがちょとムッとした顔をしたが……。

 ヴィムに向かって必死に菓子を振って見せるグステルは、どうやら青年を猫かちびっ子と間違えているふう。

 と、呼び止められた青年は、グステルの必死な様子を見て、そうだったとすぐに彼女のそばに戻ってきた。

 ここにつく前、エドガーの馬車の中で頼まれていたことを思い出した。


『どうか、お願いだからヘルムートと二人きりにはしないでくれ』と。


 グステルも、あんなことがあった後ではやはりヘルムートと二人きりは気まずい。

 しかし、やっと領都にたどり着いたからには、この先のために相談すべきことはたくさんあるわけで……話をしないわけにもいかない。

 自分を一生懸命、菓子で釣って呼び戻そうとする娘に従いながら、ヴィムは呆れた顔。


「はあ、世話が焼けますねぇ……まだ仕事があるのに……」

「ごめん! ごめんね!」


 ちょっと面倒そうに戻ったヴィムに、グステルは謝りながらたんまり菓子を握らせた。

 ヴィムは仕方ないなぁという顔で彼女に勧められたテーブルに着席し、菓子をかじりながら二人を眺めている。

 と、ヴィムという防壁を手に入れたグステルが、ここでようやく意を決したように、ヴィムの陰からヘルムートを見る。


「へ、ヘルムート様? そんなところにお立ちになっていないで、どうぞこちらにお座りください……」


 菓子をもぐもぐしているヴィムの隣の席を示し、やっと自分を呼んでくれたグステルにほっとするも、ヘルムートは複雑。

 彼女が自分を意識しそわそわしてくれているらしいことは嬉しいが……彼が不在の間に、彼女とヴィムとの距離感が明らかに変化してしまっている。

 従者青年の肩に隠れるようにして、こちらを覗く姿にヘルムートは困惑を覚えた。

 グステルとヴィムとの距離は、先ほど宿場町で彼が彼女を引き寄せたときの距離感とほぼほぼ同じ。それなのに、グステルはなんの抵抗感もなさげにヴィムの肩に触れ、ヴィムもまた、そんなグステルを気にしていない。

 この急接近は、もちろん彼自身がヴィムに彼女の世話を命じたせいなのだろうが……気弱なはずのヴィムが、グステルのそばですっかり安心しきっているのも非常に気になった。


(……な……なんなんだ、この二人の意気投合感は……)


 軽薄なエドガーばかりを気にしていたが……。

 寄り添う二人はまるで、仲のいい姉弟のようにも見えて。なんだかヘルムートは、ヴィムに思いがけなく敗北感を感じた。

 自分はこんなに苦労して彼女のそばにいるのに……ヴィムにグステルとの仲を一足飛びに追い抜かれてしまったようで……。

 心中とても穏やかではない。




お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一周回って意識しない相手の方が距離感が近い( ˘ω˘ )
[一言] グステルとヴィムコンビが可愛くて面白いです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ