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 こうして公爵の邸までの道中、ラーラのためにグステルから情報を引き出したいエドガーの思惑とは裏腹に。グステルは彼の馬車の中で、実にのんびり気楽に過ごさせてもらった。

 エドガーはグステルの身辺を探るような話をそれとなくしてきたが、その辺り、グステルはさすが商売人。

 青年の話にニコニコと応じつつも、相手の事情に踏み込みすぎず、踏み込ませすぎず。適度な距離を保ちつつ、うまく聞き役にまわり当たり障りのない話をした。

 ゆえにエドガーはさぞ手応えがなかったに違いない。

 彼がグステルのことで詳しく掴めたのは、彼女が猫を飼っていて、その猫がとても怒りん坊で食いしん坊で、天性のハンターだということくらい。


『……毎日ネズミやバッタなどの獲物を見せにくるので、ありがたいけど驚いてしまいますよね』


 ……なぁんてことをにっこり聞かされても、エドガーとしては何も収穫はない。

 彼も、そうしてグステルが自分を煙に巻いているということはなんとなくわかっているようで。その不満はグステルにも伝わり、若干申し訳ないなとは思ったが。

 彼女にとってエドガーの馬車に乗っているこの時間は、今回の長旅の中では実にありがたい休憩時間。

 家を出てから母の別邸に訪れる前までの道中を思い出したグステルは、つい一人で苦笑い。


(……ヘルムート様の馬車ではこうはいかないものね……)


 

 そんなこんなで次の休憩地。

 一行の馬車は宿場に止まった。

 宿場は森を切り拓いて作られたようで、周りは緑に囲まれていた。宿屋や小さな商店の並んだ表通りは客引きや旅行者で賑やか。

 御者の手を借りて馬車を降りたグステルは、その場で深呼吸して背伸びをし、やれやれとため息。

 馬車での旅は楽なようで、案外長時間の座りっぱなしがつらいもの。

 グステルは、エドガーの馬車から少し離れた馬車の停車場に止まったヘルムートの馬車を見る。


(……ヘルムート様はお疲れにならなかったかしらね……)


 なんて気持ちで馬車を眺め、そこから降りてくるだろう彼を待っていると……。

 飴色の立派な扉が開かれて、そこからさっと飛び降りてきた者があった。

 その者は、見ている彼女に飛びつくように駆け寄ってくる。


 ──が、それはヘルムートではなかった。


「ッステラさん!」

「っひ⁉︎」


 急に全速力で迫ってきて、噛み付くように彼女を呼んだ人物に、グステルが驚いてギョッとする。その間に彼は「失礼します!」と叫ぶように言って、彼女の背をぐいぐいと押しどこかへ連れて行こうとする。


「⁉︎ ちょ、あの……ヴィムさ……」


 どんどんエドガーの馬車から離れ、ヘルムートが出てくるだろう馬車からも遠ざかろうとする青年に、グステルはいったい何事だと唖然としている。

 

「いったいどういうつもりなんですか!」


 そばの建物の影に引っ張り込まれた途端、逆に詰問されグステルが目を白黒させる。

 ヴィムはキツく彼女を睨んでいる。

 どうやら非常に怒っているらしい若者にグステルは戸惑うが……若者はちょっと涙目の瞳でこちらを圧してくるのだ。


「……あなたのお立場が、僕にはいまいちよく分かりませんが……一応シュロスメリッサの領民でいらっしゃるので、同じ庶民としてお話しさせていただきますが……」


 恨みがましい表情でそう前置きされたグステルは、慌てて頷く。


「も、もちろん私は庶民です。なんですか? なんでもおっしゃってください」


 この青年は、彼の主人のそばにいる自分を警戒している様子だったが、ヘルムートにはずっと忠実にしていて、自分にも文句を言ってきたことはなかった。いったい何があったのだろうと戸惑っていると、いつもはおずおずと気弱そうな彼は涙で訴える。


「あ、あ、あなたがエドガー様の馬車に乗ったりするから! ここまでの道中ヘルムート様が大変だったんですからね!」


 涙ぐみながらブンブン腕を上下に振って憤慨しているヴィムに、グステルが──沈黙。

 なんとなぁく察し、目がそよ……と、横に泳いだ。


「あー……た、大変、でしたか……」


 言うと、途端にヴィムが突沸。飛びかかってくる寸前の猫のような青年に、グステルがちょっと後ろにのけぞった。


「お、落ち着いてくださいヴィムさん……」

「あ、当たり前でしょう⁉︎ ヘルムート様を袖にしておいて、エドガー様の馬車にさっさと乗り込むなんて! 知らないんですか⁉︎ エドガー様は、ヘルムート様のお友達とは信じられないくらいのとんでもない女性好きなんですよ⁉︎ 色んな人に言い寄っているのに、昔はラーラ様にも色目を使っていて──!」


 ……ヴィムの言葉の端々には、どこかエドガーに対するトゲが滲んでいるが、これはおそらくこの若者がラーラに淡い恋心を抱いているせいだろう。

 グステルはなんとなくそう察したが、ともかく今は、ヘルムートのことである。

 ヴィムは目を釣り上げて、ここまでの道中の主人の窮状を訴えた。


「ヘルムート様はあなたが心配で心配で、ずっと青ざめていらしていらしたんですよ⁉︎」


 ……何度も胃薬を飲もうとするのを止めるのが大変だったとか、ずっとエドガーの馬車を睨んでいて車内の空気が地獄のようだったとか。ハラハラしたヘルムートが何度も立ち上がり、何回も馬車の天井に頭をぶつけたとか。走行中にも関わらず、馬車を降りようとするのを止めるのに難儀したとか……。


 次々聞かされる話に、グステルは神妙な顔でうなだれている。……いや、ヘルムートが気に病むかもしれないとは思ったが……そこまでだとは思わなかった。

 エドガーの馬車の中でのんきに過ごしていたこともあって。ヴィムにくどくど言われているうちに、グステルは申し訳なさのあまりか、いつの間にか地面に正座してしまっていた。

 しかしどこかその表情は複雑そうである。


「……お話はわかりました……ヴィムさんにもヘルムート様にも色々とご負担をかけたようで……でも、あの……こちらとしましても……ヘルムート様の馬車には乗れない事情がありまして……」

「事情⁉︎」


 怒ったままそう返してくる青年に、グステルは正座のままきまりが悪そうに答える。



お読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 他人からしたらそこまで重要じゃなさそう( ˘ω˘ )
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