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翌日の朝、一行は公爵の別邸を離れた。
娘との再びの別れに、グステルの母は大層寂しげで、これにはグステルも困ったが……もっと困ったのが、涙もろいヘルムート。
永年この母娘の別離に心を痛めてきた青年が、この状況にもらい泣きしないはずもなく……。
母につられて悲しげなヘルムートは、無言で涙で目玉を溶かしそうなほどに泣いていて。それを見た感情豊かな夫人が更にヨヨヨ……と涙を誘われてしまい──なんというか、収拾がつかなかった……。
『…………』※グステル
『まああなたも……? そうよね、悲しいわよね、夫のことがなければもっとここにいてもらいたかったわ……娘のこと……お願いね⁉︎ 頼んだわよ⁉︎』
『う……もちろんです! 力の限り、全身全霊でお守りいたします!』
『まあぁぁ……なんて献身的な婿かしら……! ぜひまた一緒に遊びにいらっしゃいね⁉︎』
『義母上様もどうかお達者で……!』
──と。
なぜか母娘以上にいたわり合う二人を見てグステルは……(誰が婿で、誰が義母上様か……)と呆れたが。盛り上がる二人に突っ込んだところできっと耳には入りはしない。
グステルはため息混じりに二人を引き剥がし、なんとか慰めつつの辞去となった……。
グステルはうっすらとした不安に苛まれる。
(……なんだかあの二人、ものすごく気が合っていて怖いわね……)
この短い時間で、きっかりヘルムートに外堀を埋められた気がして、気が気ではなかった。
さて、一行の馬車は公爵領を東に進む。
馬車の中で、グステルは少し意外な気持ちで車窓から外を眺めていた。
馬車での旅は、道の良し悪しにだいぶ左右される。が、公爵領は幸いなことに平地が多く、道も整備されていて、馬車での移動がとても楽だった。道沿いには村や宿場といった補給地点も多く、馬や自分たちの休憩や補給にも事欠かない。
幼い頃に逃げるように領地を離れた彼女が、こうしてゆっくり父の領地を馬車で通るのは初めてのこと。
実際に道を利用してみて、グステルは少し父を見直した。
こういった領地の整備は領主の仕事。欲深くても、こうした仕事はしっかりやっていたのかと、これはちょっとした驚きであった。
「……ふーむ……」
グステルが複雑な思いで考え込んでいると、前の座席に向かい合わせで座っている青年がおやという顔。
「難しい顔をなさってどうかなさいましたか?」
「ああ……いえ、なんでも」
そういってグステルが首を振って笑みを向けた相手は、ヘルムート──……
ではなかった。
「………………」
「へ、ヘルムート様……」
ここはハンナバルト家の馬車の中。グステルは……いない。
暗黒の眼差しで落ち込んでいるヘルムートの前で主人を慰めているのはヴィムで、そのほかに乗客はいない。
当のグステルがどこにいるかというと……それは、エドガーの馬車の中なのである。
エドガーは、目の前でよそ行きの笑顔を見せる娘に、愉快そうに問う。
「本当にこちらに来てよかったんですか? あなたがこちらに乗車するといった時、ヘルムートのやつときたら物凄い顔をしていましたが……」
青年は思い出しながら、面白くて仕方ないという顔。
──別邸での出発時。
このエドガーは、この先の旅路にも当然のようについてこようとした。
それを見たヘルムートは、友人を追い返そうとしたのだが……彼が何か言う前に、グステルがさっと手を挙げて申し出たのだ。
『あ、ではわたくしめはそちらにご一緒しても?』──と。
その瞬間の──ヘルムートの顔は確かにすごかった。
彼はグステルが、別邸までの道のりと同じく当然自分の馬車に乗ると思っていたのだ。
けれども、グステルは、彼が唖然としているうちにエドガーの許しを得てさっさとその馬車に乗り込んでしまった。しかも、彼女はチラリともヘルムートを見ないわで……。
それで現在ハンナバルト家の馬車の中では、傷心の青年が消沈しているというわけであった。
彼女のこの行動には、『これは予想外』という顔でエドガーのほうでも興味津々。そんな視線を受けたグステルは平静な大人の顔で微笑んでいる。
「ほほほ、同乗させていただけて本当に感謝しております。ちょっとあちらでは落ち着かないもので」
「おや、そんなことを言うとヘルムートが悲しんでしまいますよ? いえ、私は可愛らしい旅の話し相手がいて嬉しいのですがね」
「あら! アーべラインのお坊ちゃまにそんなふうに仰っていただけるなんて光栄です。ほほほ、わたくしめでお話相手がつとまるといいのですが」
「はははは、十分ですよ、もうすでにあなたは十分面白いです」
「あらーほほほほほ」
……どうにも、二人は今は腹の内の探り合いの真っ最中というふう。
腹に一物あるもの同士、車内ではそらぞらしい会話が繰り広げられている。
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