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母と散々話して夜もふけた頃。母がグステルの顔をじっと見て言った。
「……グステル? あなた……私に意図的に話していないことがあるでしょう?」
「う……」
母の鋭い指摘にグステルがギクリと肩を震わせる。
「あなた、家を出たあとどうやって生活を立てていたかとか、どこにいたのか、あとは飼い猫ちゃんのことは異様に詳しく話してくれるけれど……当時どうやって邸を出たのかはちっとも話してくれないわ。──どうして?」
「……そ、それは……」
グステルは気付かれていたのかと気まずそうな顔。
しかしその通りであった。
グステルは、九つの時に家出をした方法を母には簡単にこういった。
『隙をついて抜け出しました』
そして、その後のことを細かく、母の興味を誘うように話して。実際母も、その小さな娘の冒険譚を熱心に聞いてくれているようだったのに。
こちらを圧するようにじっと見ている母は、どうやらごまかされてくれなかったらしい。
(ダメだったか……お母様、鋭い……)
上手く説明したつもりだったが、グステルにも母は精神年齢的に年下だと油断があったのかもしれない。
「……グステル……?」
母は、瞳を見開いて身を乗り出してくる。手もがっしり握られて。白状しなければ許さない……と、暗に訴えてくる彼女に──グステルは目を逸らせて視線を合わせない。額にはじんわり汗。
……あまりにも怪しすぎる。
母は呆れたように言った。
「……グステル、あなた余程後ろ暗いことがあるのね……何をしたの? 素直に言ってごらんなさい!」
「え、ええと……、……すみません!」
憤慨した母のじっとり顔を見て。もうこれは告白しなければ離してもらえそうになさそうだと感じたグステルは、逡巡ののち、母に向かって大きく頭を下げた。そんな彼女に、母は不審な顔をする。
「どういうことなの……?」
「その……」
──当時、グステルは外見は九つ。しかし、中身は五十代半ば。
当然家出の方法も子供らしからぬものであったのだ。
しかも彼女は家出の準備に二年かけている。
ただ、母には転生や前世といったややこしい事情は省いて説明しているので、この辺りを詳しく話すと疑惑の目を向けられそうだと思い、避けていた。
だが、どうやら母はそれを許してくれそうにない。グステルは仕方なしに口を開く。
「その……公爵邸を抜け出した方法は普通ですよ? 事前に邸の警備体制を調べ、隙がある場所と時間を把握してですね……」
「……、……もうそこからして普通じゃないのよ? グステル……あなた、当時九つよ……」
「そ、そうですか……? ははは」
案の定母は説明の初っ端から呆れ顔。
「それが幼児のやること……? 資金は? そんなに現金は持たせていなかったはずよ?」
「ええと……使用人の子供と交渉して、時々街で持ち物を売ってもらったり……」
「…………」
売り上げの三割を渡す約束で……と言った瞬間押し黙った母の顔が怖かった。
そうして徐々に資金を作ったグステルは、これを家出直前に邸外に輸送。
「これは出入りの商人に頼みました……その……父の名で……」
「あの人の?」
恐る恐る白状した途端、呆れて黙り込んでいた母が反応する。
「どういうこと?」
「……父の名とうちの印璽で商人に密書を出しまして……まず、街の目立たない場所に小さな家を借りてもらって、そこに資金を運び入れてもらっていました」
つまりそこに資金を貯めておいて邸を出た後すぐにそこに向かい、足がつかぬようにそこもすぐに離れた。
ここでグステルが本日一番の申し訳なさそうな顔。母の反応を心配するように視線をうろうろさせながら、両指を弄って、そろりそろりと白状する。
「その……お母様には大変申し訳ないのですが……あまり詮索されないよう父の愛人への送金と匂わせて……」
言うと案の定、母は唖然としている。が、彼女はすぐに不貞腐れた顔でため息。
「まあ……いいわよ……当時あの人に愛人がいたのは事実ですからね……」
うんざりといった顔で首を振る母に、グステルは気の毒そうな顔で──……。
「使用人のドロテーと、私の教師だったエルヴィーラ先生ですよね? お父様は二人に家を買い与えていたようなので私の企みもバレないかなぁと──」
多分商人は三人目の愛人だと思ってくれるのではないかと思ったと告白すると、母はギョッとする。
「⁉︎ な、なぜ知っているの⁉︎」
「いえ……お父様の弱点でもつかんでいれば、いつか役に立つかなぁと思いまして。家の者たちも子供にはガードがゆるいので、噂話などから結構簡単に調べはつきました」
大人たちは子供にはわからないと思って案外重要な話をしがちだ。
しかも使用人たちは、自分たちが仕える令嬢が、そういった家庭内の裏話を知らぬと思って、時に優越感のようなものを感じるらしい。
「“お嬢様はのんきにしているけれど、実は父上はあんなことをしているのにねぇ”“何も知らずにおかわいそうに……”と、いう気持ちをくすぐってあげれば、みんな憐れんでか、面白がってか、結構いろいろ話してくれるんですよ」
当時を思い出してか、グステルはふふと生温かい顔で笑う。つまり彼女はそんな使用人たちの気持ちをうまく利用したわけである。
──が、そううっすら笑う娘に、母は恐々。
「……我が子ながら……恐ろしい……恐ろしい子だったのねあなた……」
慄いたように自分を見る母に、グステルは──。
実は自分が、父のミミズがのったくったような難解な筆跡を、完璧にマスターしていることは黙っておこうと思った。
……父が手紙に押す封蝋のシーリングスタンプも巧妙に偽造したことも。
お読みいただきありがとうございます。
グステルも生き残るために色々やってます( ´ ▽ ` ;)
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