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 グステルの母が用意した晩餐を振る舞われたあとも、夫人は娘を離さず。母娘は談話室に移り話を続けることなった。

 グステルの方にはまだ少し戸惑いも見えるが、熱心に自分の幼い日の思い出を語る夫人を見る瞳は、やはりどこか嬉しそうだった。

 はにかむように、照れたように笑う彼女を黙って見つめていたヘルムートは、とても幸せな気持ちになった。

 まだまだこの先彼女と共にやらなければならないことは山積しているが。ともかく、ずっと家族と離れて暮らしていたグステルが、母親の隣で安らいだ顔をしているのを見られたのは彼としても嬉しい。


 青年はそうしてしばし二人の尽きぬ会話を微笑ましく眺めていたが。彼は頃合いを見て談話室から辞することにした。

 できるだけ彼女たちの邪魔をしないように、そっと廊下へ出て、そこにいた使用人を呼び止める。

 彼もまだ楽しそうなグステルを見ていたかったが、彼には本日中に片付けておきたいことがあった。

 ヘルムートは使用人に案内を頼み、夫人に借りた客間に向かう。


 と、彼は廊下を進みながら、ふとその客間に運び入れさせたある荷物のことを思い出す。


(……あれもまた、折を見て、だな……)


 本当はすぐにでもそれをグステルに見せたかったが、仕方ない。残念だが、久々に再会した親子の対話に割って入るほど彼は厚かましくはなかった。


 ──が、彼の連れはどうやらそうではなかったようである。



「…………貴様……」


 その光景を目にした途端、ヘルムートは呆れのあまり、思わず唸るようにそう言った。

 暗い双眸が冷え冷えと射ているのは、目の前の部屋の中央で、簡素なテーブルに着いたエドガー。

 そのテーブルの上には茶の器がいくつか。隣はどうやら厨房のようで、キャッキャと楽しそうな女性使用人たちが、次々ともてなしの菓子などを運び込んできては、競ってエドガーの前に置いていく……。


 おそらくここは使用人たちの食堂兼休憩スペースなのだろう。

 友の訪れに気がつきにこやかに手を掲げる彼の周りには、他にも数名の女性たちが楽しそうに侍っていて。その光景に……ヘルムートは目眩がした。


「お、きたのかヘルムート!」

「……お前……こんなところにまで入り込むとは……」


 ヘルムートは、友の図々しさに言葉をなくす。


 公爵別邸の使用人に案内され、友がいるはずの客間に向かうもエドガーは不在。

 晩餐終わりの今の時刻はもう宵のうち。こんな時間にいったいどこへと不審に思い、友を探してみると……この有様だった。

 陽気で女性に気安いこの男ならやりそうだと思ったが……しかしここはいわば公爵夫人邸のバックヤード。普通、客が入り込むような場所ではない。


 そう厳しい顔で嗜めるヘルムートを、しかしエドガーは肩をすくめて動じない。


「仕方ないだろう? お前が公爵夫人とあのお嬢さんとの会話を邪魔するなと言って俺を追い出したんだから。仲間外れにされて悲しむ俺を、ここのお嬢さん方が哀れんで誘ってくださったんだ」


 言ってエドガーは人が好感を抱きそうな明るい笑顔を浮かべ、隣の女性に甘えるような目をして訴えてくる。女性は嬉しそうだが、ヘルムートは若干イラッとした。


「だからといって……夫人の許可もなく邸内をうろうろするな、失礼であろう!」

「心配するな友よ……許可ならいただいたんだぞ。『みんな暇をしているから都会の話でも聞かせてやってちょうだい』と──夫人自ら御下命だ♪」

「…………」


 なんとも抜け目のない友に、ヘルムートは本当に疲れ果てる気持ちであった。



「それで……お前はなぜここに? いったいどういうつもりなんだ?」


 女性陣に惜しまれつつ、エドガーを客間に引っ張って戻ったヘルムートは、友を奥の椅子に座らせてその前の席に陣取った。

 ここまでは、グステルと夫人の再会もあってそれを友人から聞き出す暇がなかった。

 ヘルムートは『正直に話すまで絶対に逃がさん』という気迫で構え、エドガーを視線で刺している。

 そんな友の顔に。

 エドガーは密かに感嘆をこぼす。


(ほう……これはこれは……。やはり相当あの娘に入れ込んでいるなぁ……)


 いつもなら、友人ヘルムートはああいう場面ではエドガーを放置する。

 彼は日頃からエドガーの女性に軽い振る舞いをよくは思っていないようだが、しかしあまり口出しはしない。

 友であっても、人は人と考えているようだし。そもそも年がら年中妹や弟たちの心配をしていて、友の素行にまで注意が向かないヘルムートとエドガーの友情は、エドガーからのウザ絡みで成り立っている部分が大きい。

 ああいった場面でも、大抵ヘルムートは『大人として、自分の行動の責任は自分で取れ』と言わんばかりに立ち去っていくのが常であった。


 それなのに。

 今目の前に座る彼は、自分の連れが公爵家に迷惑をかけないかと非常に心配している様子。

 それはつまり、あのチェリーレッドの髪の娘のためであろう。


 ふーむとエドガーは、“ステラ”という娘の姿を脳裏に思い浮かべた。

 あの娘のいったい何が、そんなに友を惹きつけているのだろうか。

 エドガーは、夫人とその娘の対話の場面ではヘルムートから追い払われてしまって、まだ彼女たちの詳しい事情を知らない。ただ、夫人とあの娘の顔立ちを並べて見た彼にも、どうやら二人が血族にあるのだということはすぐに分かった。


(……とはいえ……至って普通の娘に見えるんだがなぁ……)


 確かにその娘は少し変わっているが、長年友が溺愛していた妹ラーラに比べると容姿は十人並みで、男を惹きつけそうなタイプではない。どちらかというとあまり目立たぬ娘である。


(……いや……どちらかというと、そう見せている……という印象か……?)


 彼女は口はなかなか辛辣だが、どこかできるだけ目立たぬよう目立たぬように振る舞っている様子が窺えた。エドガーは、いったいどうしてそんなふうに感じたのだろうかと考えようとして──……。しかしそんな彼をヘルムートが急かす。

 彼のほうからすると、この大事にいきなり謎に乱入してきた友を放置はできない。


「……聞いているのかエドガー……⁉︎ そもそもお前、どうやって私たちの行き先を調べた? 目的は⁉︎」

「……ん? ああ……ラーラだ、ラーラ」


 厳しい口調で尋ねてくる友にエドガーは軽く答える。と、途端ヘルムートの顔が弾かれたようにぽかんとした。


「……、……ラーラ……? ……なぜ……ここでラーラが出てくるんだ……?」


 心底分からないという顔をした男に、今度はエドガーが大いに呆れる番である。



お読みいただきありがとうございます。

ほんと、よく友情が成り立っている二人です( ´ ▽ ` ;)


さて、続きはよ! と、思っていただけましたら。是非是非ブクマや評価などをしていただけると、書き手もモチベーションUPです!よろしくお願いいたします( ´ ▽ ` )人

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[一言] ラーラからなんか言われたか( ˘ω˘ )
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