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──ただ、咄嗟に彼について思い出せるのは名前だけだった。
前世では四十代半ばまで生きてから死に、転生して十九年が経過した。
グステルは、もう子供の頃に読んだその小説の細かな設定を覚えていない。
だってその物語を十二歳の時に読んでから、今の人生の歳を足しても、もう五十年ほどは経っている。
特に、彼のようなサブキャラの記憶は薄い。
(い、いや……諦めるな! 頑張れば出てくるかも……! 年季の入った頭のほこりをはらえ!)
グステルは必死で記憶の底を探った。
かつて読んだ物語のページを頭の中で慌ててめくる。
(ええと……た、確か……ハンナバルト家には見目の麗しい兄が一人と、かわいい弟が二人……そう、そうよ!)
だんだん記憶が蘇ってきて。物語の内容を思い出してきたグステルの顔色は徐々に明るくなって──きたかと思うと。それが、がくんと急落。
グステルの瞳は見開かれ、驚愕と恐怖に満ちていた。
(……この人……ラーラのシスコンお兄様か……!)
「うっ⁉︎」
思い出した途端、恐怖のあまり悲鳴が漏れた。
唐突に自分の顔を見て叫んだ娘に、目の前の青年が驚いている。
「? どうかなさいましたか? 私が何か……?」
不思議そうに見つめられたグステルは、スサッと彼から目を逸らす。
「あ、あらおほほ……も、申し訳ありません、急に黒くて大きな虫が飛んできて、ほほほほほ」
「え……? 虫?」
青年は、どこに? という顔であたりを怪訝に見回している。
そんな彼に対し、動揺を誤魔化した(?)ものの。グステルは、心の中では大いに混乱中。
これは、彼女にとって由々しき事態である。
(え──な、なぜ? なぜここで、ラーラのお兄様が私のところに……? ? ?)
まったくおかしな話であった。
ここは物語の舞台となる王都ではないし、おまけにグステルは、もうその物語から一抜けした身。
生き残るために、そうせざるを得なかった存在なのだ。
なぜならば、青年が言い当てたように、彼女の本名は“グステル・メントライン”。
この世界での役回りは、いわゆる“悪役令嬢”。
ヒロインラブの彼からすると、天敵とも言える身の上だったのだから。
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