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さて、グステルと母と再会が、感動の再会となるか、疎まれての再会となるかというその緊張の分岐点で。
グステルの話を怪訝そうに聞いたのちの、夫人の第一声は。
「……、……、……──あ、の……っ、クズめ‼︎」
……と、いう烈火の如き怒声であった……。
その迫力ときたら。まさに般若。血の気の引いた顔で怒れる母の形相には、グステルは「わ、わぁ……」と声を漏らしたきり固まり、つい言葉を失くしてしまった。
夫人は手にしていた扇をへし折って椅子を立ち、憤怒に震える声で吐き捨てる。
「あの人がそこまで非道とは思わなかった……! ゆ、るせ、ない……まさか我が子の偽物を立てていたとは……! あの男……今すぐ邸に乗り込んで引っ叩いてやる! いいえ……それじゃとても気が済まないわ! 命令よ! すぐに棺桶を用意しなさい!」
使用人達に恐ろしい命令を下し、夫人は折れた扇を床に叩きつけて応接間を出ていこうとする。
それを見たグステルは当然焦った。もちろんそんな命令を下された公爵家の使用人たちも一緒になって慌てていた……。
「あ、ちょ、ちょっと待ったお母様! そ、そうくるとは思ってなかった! お、お母様⁉︎」
お母様―っっっ! ……と。
グステルは部屋を飛び出ていこうとする母に追いすがり、使用人たちと共に必死に引き止める事態となった。
これではグステルも、母との再会に感動を感じる暇などとてもなかったわけである。
「ふー……お母様……私は安心しましたよ……まだまだお元気そうでよかったです……」
やっとのことで夫人をなだめ、応接間の椅子に戻ってこられたグステルは、疲れて気力が薄れたという顔で母に言った。すると彼女の隣に座る母は、幾らかトーンダウンした顔で娘に詫びる。
「まあ疲れさせて悪かったわグステル。私、昔からあの人のこととなると怒りが堪えられないのよ。いろいろ対立の歴史がありますからね」
「なるほど……夫婦に歴史あり、ですね……」
あのあと。
永年不仲にしている夫の暴挙に怒り狂った母を止めるのには、グステル達だけではとても手が足りず。
一旦、親子の対話を応接間の外で待っていてくれたヘルムートが『何事ですか⁉︎』と合流してくれてなんとか事は収まった。
少し冷静になったグステルの母は、突然の再会となった娘の両手を握り、まじまじとその顔を見つめている。
──結果からいうと。
夫人は部屋に入ってきたグステルを見て、すぐに自分の娘と分かったようだった。
まったく疑いもしなかった母をグステルは不思議に思ったが、夫人曰く、
「だってあなた、私の若い頃にも、フリードにもそっくりなんだもの」……とのこと。
フリードとはグステルの兄。
その兄の顔は、彼と幼い頃に別れたグステルにはもう朧げで、似ているか似ていないかはよく分からない。が、確かに、今グステルの前にいる母と彼女は、顔立ちがとても似ていた。
明るい赤毛に、チョコレート色の瞳。そばで黙って二人の話を聞いていたヘルムートも、夫人が言う通り、彼女が若ければグステルに瓜二つに違いないと思った。
これには、グステルは脱力。
もうずっと、自分をどうやって“グステル”だと証明しようかと考えに考えてここまできた。
あれこれ悩んだ挙句、数少ない夫人との思い出話でもしてみるかと考え、それを母が覚えているだろうかと不安にも思っていた。
だって彼女が家出をしてから、もうすぐ十年にもなるのだ。そこは疑われて当然、信じてもらえるまでに時間を要すると思っていた、のに……。
実際に会った母は『本当にグステルなの……?』だなんてことすらいわなかった。
拍子抜けしたグステルが母にそう戸惑いを伝えると、夫人は笑ってグステルの髪を撫でた。
「さあ、なんででしょうね、でもあなたが入ってきた時すぐにわかったわ。まとっている空気が私のグステルなのよね」
そういって母はグステルの耳元の髪をそっと避け、その首筋を覗き込んでは、「ああ!」と、嬉しそうに。まるで神に感謝するように天を仰いで微笑みを浮かべる。
「そうそう、そうよ! あなたはここにホクロがあったのよね!」
自分の首にある小さな小さな黒い点を見て、懐かしそうに顔をほころばせる母を見て。グステルはなんだか身がこそばゆい。
(……私……もう親が恋しいという歳でもないと思ったのに……。やっぱりいくつになっても母親って偉大なのねぇ……)
母に握られた手はとても温かかった。
思わずグステルはため息をつく。
永く離れてはいたが、この人は確かに自分の母親なのだなとしみじみと感じると、公爵領に入ってからずっと張り詰めていたグステルの気持ちがやっとほっと和らいでいた。
……と、そんな親子の語らいに。
話を向かい側の席で聞いていたヘルムートが、なぜか身をよじって二人から顔を背け、背中をプルプルさせている……。
……どうやら青年は、母娘の再会に感動し、泣くのを堪えているらしかった……。