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59 知らされた父の野望


 グステルは固まった。


 椅子に座ったまま、カチンと身動きを止めて。しかし異常に力がこもっているのか、小刻みに肩が震えている。

 表情は強ばり、血の気が引いて、それはその話をしたヘルムートが心配するほどであったけれど、それでもさすが精神年齢還暦越えを名乗るだけあってか、彼女が取り乱すようなことはなかった。


 けれども、彼女の膝の上では拳が痛々しいほどに固く握り締められている。

 それを見たヘルムートはたまらなくなり、思わずグステルの拳に手を添えた。

 その温もりは、グステルの混乱を和らげるほどではなかったけれど、小さな支えにはなったようで。蒼白で口を閉ざしていたグステルがここでやっと、つまり……と細くつぶやく。


「……今、王都には、私ではない公爵令嬢の“グステル”がいて、そのお嬢ちゃまは、修道院で発見された……しかも、発見者は王太子殿下で……ゆえに、彼女は彼の同情を買い、ヒロインラーラを押し退ける勢いである、と……。しかしそのお嬢ちゃまの年齢は、十九歳……つまり私と同じで、それはどう考えても、私の妹などではないはず、と……」


 そう簡単にまとめたグステルの顔は、いいようのない怒りと呆れに満ちていた。


「そんなの……絶対に、お父様の企てに決まっていますね……」


 冷え冷えとした声で言い切って、グステルは天井を仰ぎ、侘しいため息を吐く。


「そうですか……お父様の野心はそこまででしたか……」


 行方不明になった実の娘の身代わりを立て、堂々王太子妃の座を狙いにいくとは。

 呆れると同時に、グステルは、なんだかとても寂しかった。

 やっぱり父にとって自分は、何者にも変え難い存在などではなく、代わりのきく道具の一つに過ぎなかったのだ。

 そう突きつけられた気がして。しかし、そんな父を自分が先に捨てたも同然なのだから、こんなふうに悲しむ資格などはないのだと、なんとか自分をなだめる。

 それでもやはり、こぼれ落ちるため息は止められない。


「はぁ……きっと、その王太子殿下と身代わりのお嬢ちゃまの出会いも仕組まれたものなんでしょう。修道院というところがまた……『慎ましく神のもとで暮らしてました』と主張しているようで……まったく……」


 グステルがやれやれと息を吐くと、ヘルムートがうなずく。


「その偽物は、誘拐されたあとすぐに逃げ出してさまよった挙句、修道女に保護されたと主張しています。幼かったゆえに詳細は覚えていない、怯えていたから混乱していて、名も名乗れず、自分が公爵の娘だったと訴えることもできなかったと」


 ヘルムートの冷たい声の説明を、グステルは黙って聞いていたが……その顔が、ふっと笑う。そうすると、青ざめていた彼女の顔にわずかに血色が戻って、ヘルムートが不思議そうな顔をする。


「? どうか……なさいましたか……? 私が何か……」

「いえ……随分キッパリと“偽物”とおっしゃるのだなと思って……」


 ヘルムートの言い方にはためらいがなく、斬って捨てるようである。

 それを聞いたグステルは、この人は本当に前々からその“公爵令嬢”のことを疑い、発見した自分のことを“グステル・メントライン”だと確信していたのだなと感じて。なんだかつい笑えてしまう。

 あんなに『自分はグステル・メントライではない!』と、主張していたはずが……つい頬が緩んでしまって。そうすると、父のやり口に傷ついた気持ちが少し温められたような気がして。そんな自分がおかしかった。


 ヘルムートのおかげで少し落ち着いたグステルは、キョトンとしているヘルムートに、話の腰を折ったことを謝り、つまり、と、続ける。


「お父様……メントライン家は、その“グステル”の身の清さを主張しているのですね。悪漢の支配下にいたのではなく、修道院だったのだから、娘は王太子妃になるのに問題はない、と」


 ラーラの物語上で、国王や王太子はとても信心深い。女神教会の守護の下で幼い頃から神に仕えていたといえば、きっと憐れまれ、同時にとても歓迎されたことだろう。


「その辺りのことは、修道院の者たちが証言したそうです」

「なるほどぉ……明らかに、その修道院は父に買収されてますねぇ……」


 グステルは、呆れと腹立たしさをない混ぜにしたような顔で言って。そしてヘルムートを申し訳なさそうに見る。


「申し訳ありませんヘルムート様。私が家を出て物語を曲げたせいで……どうやら妹君には大変つらい思いをさせしまっているようです」


 言って、深々と頭を下げたグステルにヘルムートが慌てる。


「おやめください! あなたが悪いわけではありません!」

「…………」

「貴族たちは権勢を争うものです。この件は、明らかにあなたを利用しようとした者たちに罪があります」


 ヘルムートはグステルの両肩を支えて身を起こさせて、きっぱりと断言する。


 ……しかし、そうはいっても。

 グステルとしてはやはり責任を感じた。

 ラーラにも申し訳ないが、彼女はこの世界のヒロイン。きっと、この困難を乗り越えてくれるはずである。

 けれども父は。


(……お父様は、駒を変えて同じことをやろうとしている……なら……)


 グステルは、急に心臓が痛んだ気がして胸を押さえ、喘いだ。

 このままだと父は、グステルが避けたかった物語上の運命に足を踏み入れてしまうのではないか。

 ヒロインを陥れ、失敗し、挙げ句の果てに投獄される。

 実家は位を失い、母やきょうだいも没落。

 そして──……。


 グステルの代わりとなった娘も、自分の代わりに獄中で没する。


「──っ」


 その悪い予感に、グステルは思わず音を立てて椅子を立った。

 額には冷たい汗が滲み、手のひらもすっかり冷たくなっている。

 それは、悪どい手を使おうとする彼らの自業自得、当然行き着くべき運命かもしれない。

 物語を外からの目で読んだことのあるグステルにとっては、余計にそう感じた。


──しかし。


 彼女は、今椅子を立ってしまった。

 グステルは振り返り、たった今自分が立ち上がった椅子に視線を落とし、考えた。

 それはこの町で、グステルが自身の力で手に入れた居場所の象徴のような気がして。

 このままそこで、父らを放置し、それも家族の運命と静観している気には──とてもなれない自分にハッとした。


「…………」


 グステルはしばし沈黙し、想いを巡らせる。これから自分がどうしたらいいのか考えて……。ふと、傍でヘルムートが自分をじっと見つめていることに気がついた。

 その瞳から自分を案じる真の気持ちを感じて。グステルは、彼に後押しされるように決意を固め、彼を同じように見つめた。

 彼女の視線とヘルムートの視線が混じり合い、この時ヘルムートは、その濃いブラウンの瞳を見て、何故か彼女の言わんとすることが既にわかったような気がしていた。


 そして、グステルが重く口を開く。


「…………私、一度父に会わなければならないようです」






お読みいただきありがとうございます。


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