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その公爵令嬢は、美しい顔立ちの娘だった。
肌は抜けるように白く、手足は細く、立っている姿は今にも倒れてしまいそうだと心配になるほど儚げ。
しかし、そんな彼女の頭から腰までを飾るワインレッドの髪は力強く鮮明な輝きを放つ。
そのギャップには、きっと誰もが目を素通りさせられないに違いない。
ラーラが輝くような陽の気で人を惹きつけるというのなら、彼女は楚々とした陰の気で人の視線を引く。
何より、彼女は誰もが同情したくなるような身の上で。
ラーラだって、彼女はとても気の毒だと思った。──でも。
ずっと行方不明だったその令嬢を救い出したのが、よりによって彼女が愛する王太子だったことで、ラーラはずっと底知れぬ悪い予感に苛まれている。
その話は、今や王都では知らぬ者がいないほど。そして多くの者たちは、それをロマンスとして語る。
人々は、王太子の婚約者がずっと決まらなかったのは、あの令嬢に出会うためだったのではなどと噂しはじめていて……ラーラとしては、とても悠長に構えていられなかった。
もちろん今でも王太子は彼女にとても優しいが……。王太子はどうやら令嬢に対し、自分が救い出したという責任感や境遇に同情する気持ちもあるのだろう。頻繁に彼女に会いに出向いているようだった。
この事態には、ラーラは本当に気が気ではない。
そして数日前、兄が友人の屋敷へ招かれ出立した次の日のこと。ついに、王太子がラーラとの約束を反故にして令嬢のところへいってしまうという事件が起こった。
彼女が急に倒れ、見舞いを懇願されたと謝罪の手紙はきたが……それにしたって。
その日のことを思い出したラーラは、心が千々に引き裂かれる思いだ。
もし、あの令嬢が現れなかったら。きっとラーラと王太子は今頃順調に婚約をしていたはずだ。
そう思うと……喪失感が嫉妬に変わり、怒りにまでなってしまいそうで。我を失ってしまいそうでとても怖かった。
ラーラは重い気持ちを吐き出すようにため息をつく。
「……とにかく……お兄様には早くお戻りいただきたいわ……」
兄はいつも自分を大事に守ってくれる。彼の不在は心許ない。
暗くつぶやいたラーラに、しかしゼルマは困ったように眉尻を下げる。
「でも……ヘルムート様は、旦那様のご命令で、あちらでお見合いもなさって……こうしてお戻りが遅いということは、エドガー様に紹介していただいた方がお気に召したのでは?」
ゼルマが言う通り、今回のヘルムートのシュロスメリッサへの訪問は、遊学と見合いを兼ねている。
今まで侯爵家の跡取りヘルムートはずっと婚姻を拒んでいた。
なんだかんだと理由をつけてのらりくらりと見合いから逃げる息子に、侯爵はその理由を溺愛する妹のためなのだと考えずっと苛立っていた。
そしてついに業を煮やした侯爵は、ヘルムートをラーラから引き離し、交流のあるシュロスメリッサの領主、つまりエドガーの父にヘルムートの見合いを頼み込んだのだった。
ゼルマの言葉に、ラーラは複雑そうな顔をする。
ふと視線を机の上に落とすと、薄い桃色の便箋。数日前、同じ便箋で王太子に手紙を出たことを思い出して、とてもやるせなくなった。普段は優しげなラーラの瞳の奥に、小さな炎がちらつく。
「…………私、今お兄様が他の女性に取られたら余計につらくなりそう……」
「あれまあ、またそんな……」
明るいラーラらしからぬ表情を見て、メイドは心配そうな顔をする。
「でも仕方のないことなんですよ? お兄様はいずれ旦那様から爵位をお継ぎになりますし、お相手は必要なんですから……いつまでも妹一番ではいられませんよ……」
「……それはわかっているけど……! 今はいや!」
ラーラは頑なな顔でなだめるゼルマの顔を見ない。
と、ラーラは拗ねたような顔で彼女に言った。
「ヴィムを呼んでちょうだい。私を一番大切にしてくださっているお兄様が、私の誕生日に帰ってこないなんて何かあるに決まっているわ……!」
「お、お嬢様……」
鋭く命じるラーラの顔は、普段の素直で優しい彼女とはまるで別人のように尖っている。そんな彼女の様子に、ゼルマはすっかり戸惑ってしまった。
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