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 小説の中で、自分のことを、汚いものを見るような目で見るはずの青年は、なぜか微笑んで平然と口にする。


「ならば、私と結婚しましょう」──と。


 店舗の奥の自宅に逃げ込んだグステルは、炊事場のふちに抱きついて慄いていた。


「…………な……なぜ……?」


 どうしてこうなった⁉︎ と、グステル。

 想定していた展開とまったく違う。ヘルムートのあの反応には困惑するばかり。

 自分は小説世界の未来を知っているはずなのに……どうしてこう翻弄されるのかわからなかった。


 しかし、とにかくグステルは己の考えが浅かったことを認めた。


「いや……! とはいえよ! 『ならば』⁉︎ 『ならば』って何⁉︎ 私が極悪な“悪役令嬢”になると知って……なぜそこでプロポーズ⁉︎」


 正直皆目分からない。

 あの流れで、どうして求婚される羽目になるのだろう。

 グステルは、心底天敵ヘルムートの精神構造が謎だと怯えた。


「……こ──この世界の若者は……宇宙人なの……?」



 しかし自宅に逃げ込んで頭を抱えていても仕方ない。ここはとにかく一度冷静になろうと思い直して。

 グステルは、ひとまず自分の言葉通りにヘルムートと自分用に茶を用意した。

 茶碗の二つのった盆を手に、おずおずと店のほうへ戻ると、彼女に気がついた青年に朗らかに迎えられる。


「ステラ、遅かったですね」


 その素敵な笑顔が不気味だ……とグステルは怖かった。


「お、お茶をどうぞ……」


 目の前に湯気がくるくると立ち上る茶器を置いて勧めると、青年は「ありがとう」と目元を和らげる。

 こうして見ると、彼はずいぶん優しそうに見えた。


(……悪いことを考えているようには見えないけど……)


 しかし、謎の求婚にはきっと訳があるはず。


 一つ思い当たるのは、自分が本当なら“公爵令嬢”だということである。

 いわば自分は家出した、もしくは誘拐されたという傷のある令嬢。

 娘が戻れば、父はグステルをさっさとどこかに嫁がせようとするはず。

 まあ、グステル自身はそんなことはどっちだっていいが、おそらく、傷のある彼女は家格の釣り合う結婚は望めない。


(……だから? だから自分が引き取って父に恩を売ろうということ……?)


 彼の家は侯爵家。

 グステルの実家からすると格下にあたる。

 しかし、物語という硬い運命上、彼の妹は現在王都で王太子と恋仲にあるはず。

 それは、先ほどのヘルムートの王太子に向ける敵意を見ても明らかだ。

 ゆえにいずれ王太子妃を輩出可能性のあるヘルムートの家は将来が明るい。父は彼が傷物の娘を早々に引き取ってくれたら、とても感謝するに違いない。


 グステルは思い切って切り出した。


「あの……お坊ちゃま。お坊ちゃまはもしかして──」

「ところで」

「……え?」


 率直に疑問をぶつけようとした瞬間に、遮られる。

 目の前の青年は不満そうな顔で彼女を見ていた。


「? なんでしょうお坊ちゃ──」

「ですから……それですよ……あなたは、いつまで私のことを、『お坊ちゃま』と呼ぶのですか……?」

「は……あ……え?」


 指摘されて、グステルはポカンとする。




お読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや現在の身分が平民な相手に結婚申し込むとか頭沸いてるのかこの令息
[一言] なんて呼ばせるのかな
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