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その顔を見て、グステルは、思わず一瞬口をつぐむ。
少し驚いてしまったのは、客の瞳が真っ直ぐに自分を見ていたからだ。
背の高い青年だった。
白いブラウスにクラバット(スカーフ状のネクタイ)。濃紺のベストを着て、腕に黒のコートとトップハットを持っている。
そんなに暑くもないのに上着を脱いでいて、額に汗が少し滲んでいる。──走っていたのだろうかとグステルは少し思った。
その額にかかる髪は黒髪で、前髪の下に並ぶ双眸は、あでやかな青紫の瞳。
咄嗟にグステルは、梅雨の時期の紫陽花を思い浮かべる。
瑞々しい美しい色だった。
けれども、その綺麗な色の瞳は、なぜかしっかりとグステルを見る。
無言で凝視されたグステルは、なんだろうと戸惑った。
大抵のお客は、店に入ってきた瞬間、ぬいぐるみだらけの店内に驚く。
グステルの店の中は、壁際に奥行きの浅い棚が作りつけてあって。そこにずらりとぬいぐるみたちが座っている。
棚は天井まであり、ぎっしりとぬいぐるみたちが腰を下ろしている様は、なかなか壮観で。
お客たちは、ぬいぐるみたちの平和な微笑みに出迎えられると、誰でも少しは微笑みを見せるものだが。
しかし、その青年は、可愛らしいぬいぐるみたちには目もくれていない。
店の奥に立っているグステルをじっと見つめる目は、食い入るようで。初対面の女性に向ける視線としてはなかなか不躾。
──が、そこは商売人。
青年の様子は気になったものの。エプロン姿のグステルは、笑顔を崩さず、他の客たちにするように、黙り込んでいる彼に出迎えの挨拶をした。
「いらっしゃいませ、お客様。よかったらお使いください」
汗を拭いてもらおうとハンカチを差し出すと、青年はそんなグステルをじっと見ている。
まるで、一つ一つの動作を検分されているようだ。
と、ここでやっと青年が口を開く。
「……ありがとう」
ため息のような、躊躇っているような声が気になった。
「ぬいぐるみをお探しですか?」
尋ねると、青年は額にハンカチをあてることもなく、大事そうに握ったまま静かに首を振る。
「いいえ」
ならば、単に物珍しさに誘われてやってきたのだろうか。
こんな開店直後には珍しいが、そういう来店者ももちろんたくさんいる。
小さな店だが店表には半円形のショーウィンドウがあって。そこにもたくさんの可愛らしいぬいぐるみが顔を揃えているものだから、それを見て来店する客は多い。
この青年も、そういった客なのだろうか。
まあ、それでも大いに歓迎と、グステル。
たとえ今商品を買ってもらえなくても、店を認知してもらえればいずれお客になってくれる可能性もあるというもの。
どうやら青年は身なりからして、貴族のようだ。二十歳すぎくらいの年齢を考えても、女性に贈り物をする機会はたくさんあるだろう。
……と、思ったが。
しかし青年はやはり商品をまるで見ない。
見つめるのは、店主のグステルばかり。
青紫色の瞳に食い入るように見つめられ続けると、さすがに居心地が悪くなってきて。
グステルは、ええと……と困った表情を浮かべた。
やはり、なんだか頭の先からつま先までを丁寧に見定められている気がする。
まるで自分が商品のぬいぐるみになったような気持ちである。
「あの……何か……?」
耐えられずついに問いかけると、ずっと硬い顔つきだった男は、ここでやっと口の端を持ち上げる。
「──ああ、失礼しました、つい……」
そう言って青年は表情をほころばせ、少し恥ずかしそうなそぶりを見せた。
なんだかその瞳がわずかに潤んでいるような気がして、グステルはどうしたのだろうと少し気になった。
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