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目の前で微笑む青年に、グステルはしばしの沈黙ののち、すみません……と、言ってみた。
「……あの、お坊ちゃま……昨日も、その前も、その前の前も言いましたが……このようなものをいただくわけには参りません」
自分が“グステル・メントライン”かどうかを認めるか認めないは別として。よく知りもしない異性から、意図のわからない贈り物を受け取ることは、女性の一人暮らしにおいてはNGであろう。
もしかしたら、これは受け取ったら危険なブツかもしれないではないか。
しかも、箱の上等さから見て、きっとこれはあまりお手頃価格の品物ではない。
そう察したグステルは、キッパリ差し出された贈り物を断ってみた、が……これがまたつらいのだ。
彼女が拒むように片手を掲げると、青年は途端悲しそうな顔。
ここのところ毎日この切なげな表情を見せられているグステルは、もうやめて……と、心底思い、青い顔。
「そうおっしゃらず……私のせいで怪我をなさったのですから、何かさせていただかねば私も気がすまぬのです」
「いえ、そんな……ユキはそもそもうちの猫ですし……」
グステルは困った顔でそういいながら、さっさと高い棚の上に逃げていったユキを軽く睨む。けれどもその愛猫ときたら、ぬいぐるみたちの間に横たわり、素知らぬ顔を決めこんでいる。
が、そうして彼女が視線を外した間に、ヘルムートは本日の贈り物の一つを手にして「見てください」という。
……一生懸命こちらの関心を買おうとしている姿がなんともいじましく感じられて、グステルはまた困る。
「今日はお好きだろうと思って、糸や布地を用意してみました、いかがですか?」
「う……」
そう言って、ぱっかーと開けられた贈り物の箱の中には、色もとりどり、美しい糸や上等な布地が並ぶ。
それを見せられたグステルは慄いた。
「な、なんというときめく贈り物……!」
ぬいぐるみ作りに明け暮れているグステルは、こういった品物に目がない。
見ているだけで、あのぬいぐるみに着せるドレスにちょうど良さそうだとか、あっちの子のベストにしてみたら……だとかいうアイディアで夢中になってしまいそうだった。
おまけに彼が持ってきた品物は、どれもこの辺りではあまり手に入らない高価なものばかり。彼女が普段仕入れるものとは品質が違う。
高価かどうかということよりも、滅多にお目にかかれない上質な品物を前に、手に取って間近で見てみたいという願望が湧いてきて胸がドキドキした。
しかし、グステルはもちろん、これを受け取るわけにはいかない。
だが、垂涎ものの品物を差し出されているのに、受け取ってはいけないというのはとてもつらい。
そんな、今にもうっかり手が伸びてしまいそうなグステルに、ヘルムートは駄目押しとばかりにこりと次の小箱を開ける。
「こちらは工業都市サンドランド産のビーズです」
「ぎゃ⁉︎」
キラキラした宝石のようなビーズを見せられたグステルは、その美しさに思わず両手で顔の前をガードして身をのけぞらせた。
そうでもしなければ、彼の持つ箱の中に並ぶ煌めきの粒たちの魔力にやられてしまいそうだった。
「お、おやめくださいおやめください! いたいけ(?)な独身暮らしの女を、もので釣って惑わすのはおやめください! あ、あなたはいったい何が目的なんですか⁉︎」
グステルは、顔を真っ赤にして聞いた。
だが、こちらが必死な割りに、ヘルムートの答えはいつも簡単だ。
「? あなたとお会いすること以外に目的はありません」
「⁉︎」
その平然とした答えに、グステルは。ヘルムートの顔を、まるで宇宙人か何かでも見るような驚愕の眼差しで見つめている。
お読みいただきありがとうございます。
…二人にはしばらくドタバタとラブコメしていて欲しいですね。
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