29 困った令息 ⑨
……のちにヘルムートがこの時の経緯を妹に尋ねると。
どうやら妹ラーラは、王宮の庭や煌びやかな廊下に見惚れているうちに、どんどんその奥に入り込んでしまった。
そうして、いつの間にか王族たちの庭に入り込み、そこで休憩中だった王太子と出会った……ということらしい。
それを幼い妹からのほほんとした口調で聞いたヘルムートは。本当に血の気が引いた。
今回は子供だからと許してもらえたようだが、もしそれを大人がやっていたら処罰があって当然。
しかし本人は大きな瞳をキョトンとさせて、
『え? えいへい? えいへいってなぁに? お兄さま?』
『それよりね、おにわにチョウチョがいたの、おはなもきれいだったわ』
──と、こうだ……。
それを聞いたヘルムートはげっそりである。
まったく、心配がつきない妹であった……。
さて──ただそれは妹と再会した後に判明すること。
この時はまだ、少年ヘルムートにはそれらの妹の詳しい事情は知りようがない。
衛兵から妹らしき少女の居場所を聞いた彼は、ただひたすら驚いて。そしてホッとして。
彼は、隣に立っている妹の居場所を容易く言い当てた少女を、称えるような眼差しで見つめた。その少女からもらった白猫のぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめて。
『すごいです! お嬢様のいう通りでしたね!』
嬉しさと感謝を込めて、彼はその幼い賢人を称賛しようとして──……。
しかし。
少女を歓喜のまなざしで見下ろすと、チェリーレッドの髪の令嬢は、また何やら難しい表情。
『あ、あれ? メントライン嬢……?』
腕を組み、眉間にしわを寄せる表情は、どこか畏怖しているようでもあった。
幼な子には似つかわしくない表情に、ヘルムートは戸惑う。
『あの……大丈夫ですか……?』
妹探しであちこち歩きまわらせてしまった。
口調が大人のようでも、彼女はまだ小さな子供。疲れさせてしまったかとヘルムートが心配になった時。彼女は低くつぶやく。
『……さすがヒロイン……これが……運命のはじまりというやつですか……⁉︎ 幼くともしっかり赤い糸を掴みに行っていらっしゃる。これがヒロインの真骨頂……ああ怖い! まさか他人のラブが我が身にこうもこたえるとは……ならばこちらもしっかり運命を断ち切っておかねば我が身は破滅か……』
『……は……破滅……?』
少女は自分の胸を押さえて深いため息。青白い顔で天に向かって両手を合わせて祈っている。
……なんだかとても……意味がわからなかった。
でもとヘルムート。
(すごく色んな言葉を知っていらっしゃるし、口調も大人みたいだし……もしかして、この子すごく賢くていらっしゃるのだろうか……?)
まさか相手が転生者だとかそんなことは思いもしない。ヘルムートはそんなふうに考えて彼女を尊敬の眼差しで見つめた。
……さすがあのメルヘンヒロインの兄。幼少期の彼もかなり性格が素直であった。
そしてここでやっと少女はそばに立っている少年が自分を無言で見つめていることに気がついた。
彼女はあからさまに(あ、しまった)という顔をして。『あらいやだ』と誤魔化すように笑う。
『申し訳ありません、つい。危機感のあまり……』
少女はそう苦笑してから、ヘルムートのほうへ手を伸ばす。
『お坊ちゃん、妹君がご無事で本当に良かったですね』
小さな踵が浮いて。
背伸びをして彼の黒髪まで手を伸ばした少女は、『頑張りましたね』と、さも当たり前のように彼の頭をなでて表情をほころばせた。
──その花のような笑顔が、これまで妹一筋だったヘルムートの運命を変えた。
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