26 困った令息 ⑥
けれども広い王宮では、やはり妹は簡単には見つからなくて。
なにせ王宮は廊下ひとつにしても桁違いに長く、部屋数も気が遠くなるほどに多い。
進めば進むほど迷宮に迷い込んでいくような気がして。少女に励まされ、一度は元気を取り戻したヘルムートの心にも、再び焦りが生まれてくる。
『どうしよう……』
大切な妹に何かあったらと思うと、不安で不安で仕方ない。
どこかに閉じ込められているのか、どこかで怪我をして動けなくなっているのかと。頭の中には悪い想像ばかりが浮かんできた。
ヘルムートは不安でぎゅっと拳を握りしめる。
と、先のほうでどこかの扉を開けて中を覗き込んでいた少女が、ヘルムートの顔色の悪さに気がついた。
彼女は小走りに少年のそばまで戻ってくると、彼に『はい』と手に持っていたぬいぐるみを突き出した。
目の前に迫ってきた白い布製の猫の顔に、ヘルムートがハッとして瞳を瞬かせる。
『ぇ……? な、なんですか……?』
『あげます』
『……え?』
渡されたぬいぐるみを見下ろして、一瞬どういうことか分からずぽかんとしていると、少女は自慢げに胸を張る。
『ほほほ、これね、私が作ったんです。かわいいでしょう? 今回は特に目鼻のバランスがうまく行きました。ここ最近で一番の出来です』
嬉しそうな少女を見て、ヘルムートは戸惑う。
彼女はこのぬいぐるみをずっと大事そうに抱えていた。それを出会ったばかりの自分がもらったりしていいのだろうかと。
『でも……』
ヘルムートがためらうと、少女はちょっと表情を曇らせる。しょんぼりした幼い顔に、ヘルムートはうっと怯む。彼は、年下のこういう表情にはめっぽう弱い。
『……昨日仕上げしたばっかりだよ……汚くないよ……? 私は見た目はちびっこですが、ぬいぐるみ抱きしめて眠るような可愛らしいことはもうしないですから、よだれなどもついてはいませんよ……?』
『え……い、いえそんなことは思ってないです!』
どうやら少女は、ヘルムートはぬいぐるみが汚れているから受け取らないのだと思ったらしい。慌てて否定すると、少女はにかっと笑う。
『そうですか! よかった! ではぜひ妹君に差し上げてください、そしたらきっと喜ばれます。小さい子はぬいぐるみが好きですからね!』
『あ……はい……』
力説する少女に、ヘルムートは(あ、なんだ)と思った。
自分にくれるのかと思ったが、どうやら彼女はそれを、今王宮のどこかで一人ぼっちでいるはずのラーラを慰めるためにそれをあげよう、届けるために二人で頑張ろうという意図でヘルムートに手渡してきたらしい。
その気持ちが嬉しいと同時に、少年は少しだけがっかりした。
と、少女は『よし』と口を結び、鼻から気合の息を噴き出してまた歩き出す。
『では元気を出して妹君を探しましょう!』
『……はい』
『しかしおかしいですねぇ、王宮広しとはいえ、招待客が出入りできる区間は限られていますのに……?』
屋内を探し尽くして庭に出てきた二人。
少女は難しい顔で考えている。
『まあでも、王宮の警備はしっかりしていますから拐かしとかはないはずです。使用人たちもたくさん行き来してますし、そんな小さな子が一人でいたら、きっとどこかで保護されていますよ。……時にお坊ちゃま』
『え?』
改まった顔で見上げられ、ヘルムートが少女の顔を見つめると、彼女はうっかりしていたのですがと前置いて尋ねてくる。
『そういえば、妹さんのお名前はなんとおっしゃるのですか?』
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まだまだ序盤の出会い編。「楽しそうだな」「続きが読みたいな」と思っていただけましたら、ぜひブクマや評価等をポチッとしていただけると大変励みになります。
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