25 困った令息 ⑤
少女の語り口調はかなり落ち着いていて、自分より大きなヘルムートを真っ直ぐ恐れなく見上げる。
それを、幼児の背伸びや無邪気さと形容するには、少々違和感があった。
おかしなことに、このチェリーレッドの髪の少女には、そんな振る舞いがやけに板について見えるのだ。
ヘルムートが少し戸惑って黙っていると、その沈黙を少女は己に対する警戒心だととらえたらしかった。
白猫のぬいぐるみを抱いた少女は、あらと笑う。その笑顔もどこか大人びていた。
『すみません、つい。よその家の悪辣なおっさんの話を聞かされても困りますよねぇ』
『い、いえ、その……』
難しい言葉を使う少女にヘルムートが少々困惑気味に応じると、彼女は自分の胸に手を添えてほがらかに自己紹介。
『私はグステル・メントラインと申します。言動が少々小賢しいと評判ですが、不審者ではありませんよ?』
少女はくりっとした瞳を細め、少しだけ戯けた調子で言ってから。ヘルムートにここで一人立ち尽くしていた理由を尋ねた。
もちろんヘルムートには彼女の家名には覚えがあった。
だが、古くからの名家ではあるが、ハンナバルト家とはあまり親交のある家ではない。ヘルムートは彼女に事情を話すことを少しためらったが……。
結局は、少女の気さくさに誘導されるように、妹がいなくなったのだが見かけなかっただろうか? と尋ねるに至った。
と、少女は、あらと心配そうに顔を曇らせたが、すぐに一緒に探してくれると請け負った。
ハキハキとなんの躊躇いもなくそう申し出てくれる姿は、彼女の幼い容姿とはなんともチグハグ。
そんな彼女を見て、ヘルムートは一瞬戸惑った。
(──こんな年下の女の子に頼るなんて……)
なにせ、探しているのがこの少女とほぼ同じ年頃の妹。ヘルムートはとても奇妙で複雑な気持ちになって、すぐに助けて欲しいとは言えなかった。
──が。
そんな彼の戸惑いをよそに。少女はそんな彼を先導し、どんどん、どんどん王宮の中へ進んでいこうとする。
あちらこちらを覗き、物陰に頭を突っ込んでは小さな頭をキョロキョロさせている。
そして時々思い出したようにヘルムートを振り返っては、不安な顔をしている少年を猫のぬいぐるみで『にゃんにゃん』口調で励まそうとした。
……それもおどけてというよりも、まるで赤子をあやすがごとき調子なもので……ヘルムートは一層複雑な気持ちになった。
ただ、それは少女が変だと思ったためではない。彼は普段から、きょうだいたちの年長として先頭に立つことを求められてきた。
『下の面倒を見るのは上の者の役目だ!(あとお前が拾ってきたものどもの世話もお前の役目だぞ⁉︎)』
『妹や弟たちの手本になるようにお前がしっかりしろ!(もう犬猫を拾ってくるな!)わかったな⁉︎』──と。
それはそれは厳しく言いつけられているものなのである。……それなのに。
今、その妹と同じくらいの年頃の少女が当たり前のように自分の先に立ち、なんの不安もないような顔で前へ進んでいくのだ。
そんな少女を見て、ヘルムートは。とにかく、なんだか自分も挫けている場合ではないという気持ちになった。
こんなに小さな子が一生懸命付き合ってくれているのだから、自分もしっかり妹を探さなければと奮い立ったのだった。
先を行く少女がぬいぐるみを小脇に抱え、長い髪を揺らしてヘルムートを振り返る。
小さな手が、自分のほうに差し出されていた。
『──さ! いきましょう坊ちゃん!』
言って、彼女は勇ましい表情で口の端を持ち上げる。多分、彼を勇気づけようとしたのだろう。
弾けるように浮かべられた微笑みは、強く、輝いて見えた。
その瞬間、ヘルムートはいつの間にかうなずいていた。
「……はい!」
自分より小さな手が自分の手のひらをしっかり握り返してくれた。それが、なぜだか彼に大きな安心感を与えていた。
お読みいただきありがとうございます。
ヘルムートとの今後も気になりますが、グステルが『おっさん』呼ばわりしている父との関係も、今後どうなっていくやらです。
さて、まだまだ序盤。「続きが気になるな」と少しでも思っていただけましたら、ぜひブクマや評価などをしていただけると励みになります!
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