23 困った令息 ③
従者の言葉を聞いた瞬間、ヘルムートの瞳が冷気を帯びた。
それまで人目もかまわず露わにしていた苦悩をかき消し、そこに現れたのは、冷え冷えとした怒り。
その豹変に、ヴィムが続けようとした言葉を呑む。
「え……へ、ヘルムート様……?」
「……違う」
「え……?」
重く断言し、ヘルムートは燃えるような瞳でヴィムをまっすぐに射る。
「──あの女は、グステル・メントライン嬢ではない!」
強い口調は、確信に満ちていた。
爛々とした青紫の瞳は、まるで、目の前にその女がいて、『お前は違う』と拒絶しているようでもある。
そんな主人の異変に、気の弱い青年ヴィムは縮みあがる。
「へ、ヘルムート様……? 僕、何か失言いたしましたか……?」
「…………」
おろおろと問いかけてくる従者の眉は、困りきったような八の字眉毛。それを見て。ヘルムートは、ふっと表情から怒りを消した。
そこに残ったのは、やるせなさそうな、もどかしそうな顔。
「いや……すまない。だが、私は……昔、攫われる前の本物のグステル・メントライン嬢に会ったことがあるんだ……」
ヘルムートの瞳が静かに凪いで、それをわずかに伏せた青年は、どこか過去の遠い時を見つめるような表情をした。
──それは、たった一度きりの出会いだが。
彼は、今でも彼女の顔をはっきりと覚えている。
あれは彼が十二歳の頃。
王太子の誕生祭のときのことだった。
その日、彼は両親と妹と共に、王宮に招かれていた。
そこで、彼はあるトラブルに見舞われる。
式典が終わり、次は城内で宴に参加というタイミングで、幼い妹ラーラがいなくなってしまったのだ。
いつでものほほんとして危なっかしい妹ラーラ。
彼女はとても無邪気で愛らしい少女だったが、いかんせん、ぼんやりし過ぎている。
子供の頃から蝶々や小鳥を追って道に迷うというメルヘンなことをよくやってのけ、しかもかなりの方向音痴。
そして素直な性格のあまり、人に対する警戒心も薄く、危機意識が低い子供だ。迷ってもぜんぜん悲観しないから困りもの。
そのままずっと迷い続け、気がつくととんでもないところに迷い込んでいる……ということもしばしば。
心配性の兄として、とても放って置けない妹。それがラーラだった。
あの日も、両親やヘルムートが他の貴族と話し込んでいる隙に、妹はいつの間にか姿が見えなくなっていた。
突然いなくなってしまった妹に、当然ヘルムートは慌てた。
しかし、王家の人間らしい誰かと話し込んでいる父母にはそれを言い出せなかった。
父は、正妻が産んだ子ではないラーラを、とても煙たがっている。
実子ではない母は尚更だ。
ここでもし彼女がまた迷ってしまったなんてことを両親に報告してしまうと、妹がまた父にこっ酷く叱られ、母に嫌味を言われるのは目に見えていた。
ただでさえ、妹は母親を亡くして我が家に引き取られたという気の毒な身の上。
ヘルムートは、あまり両親たちに叱らせたくはないと、子供ながらに思ってしまった。
そこで彼は、一人で彼女を探そうと両親たちには『友人に挨拶をしてくる』と言ってその場を離れた。
だが、王宮はだだっ広く、少年一人ではなかなか妹を見つけられない。
おまけに方々探し回っているうちに、今度は自分も道を見失う。──彼は、次第にどうしていいのかわからなくなってしまった。
なんと言っても、そこは王宮で、彼らの君主の住まう場所。
王宮へ入城する前、父からは『絶対に失態を犯すな』と重々命じられていた。
それなのに。
妹を見失ったばかりか、自分まで迷子になるとは。これは父の言うところの、『失態』で間違いがない。
当時はまだ十二歳。
普段から、(捨て猫捨て犬孤児拾いすぎ案件で)父に叱られることが多かった少年ヘルムートは、自分の至らなさに落ち込み、王宮のどこともしれぬ廊下の真ん中で一人困り果てていた。
そんな時のことだった。
お読みいただきありがとうございます。
ラーラはかなりうっかりほのぼのヒロインな様子…。
さて、まだまだ序盤。「続きが読みたいな」と思っていただけましたら、評価やブクマなどで応援していただけると、書き手のやる気に直結するので嬉しいです!よろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )人




