21 困った令息
無言でその店を後にしたヘルムートは、扉を背に厳しい顔で立ち止まっていた。
「………………」
「あ! い、いた! ヘルムート様!」
そこへ、やけに慌てた青年がかけてきた。
必死に主人を探していたらしいヘルムートの従者のヴィム。
彼は主人を見つけると、疲れ果てたようにため息を吐いた。
その荒い呼吸を見る限り……どうやらヴィムは、ヘルムートとはぐれてからずっと彼を探して回っていたようだった。
「もう! 急に走っていかれるからびっくりしたじゃないですか! ああよかった見つかって……あれ?」
ヴィムはヘルムートが立っている店のショーウィンドウを覗いて困惑したような顔をする。
どちらかといえば気の弱そうな彼が眉間にしわを寄せると、どうしても悲しそうな表情に見えた。
「え……ぬいぐるみ……? ヘルムート様、ぬいぐるみ屋を探しておいでだったのですか……? え、もしかして……またラーラ様へのお土産を買うためですか……?」
青年の恨めしそうな顔には、(この人はまったくもう……相変わらずなんだから……)と、呆れる気持ちが滲み出ている──が。
主人たるヘルムートはそんな従者の呆れにも、微動だにしない。
ここでやっとヴィムもヘルムートの異変に気がついた。
「………………あれ? ヘルムート様……?」
少しうつむいた主人の顔は、非常に暗い。
身体の横で握りしめた拳は小刻みに震え、深刻な顔で黙りこくった表情はまるで怒っているようだ。
ヴィムはハッとした。これはなんだか嫌な予感がする。
と、従者の青年が思った瞬間のことだった。
唐突に、主人の顔がグッと歪められる。
それを見た侍従はうわっと叫んだ。
「ヘルムート様! だ、だめですよ!」
「……っく……!」
突然の主人の苦悶に、従者ヴィムは「ヒィッ」と喉の奥から声を出す。
「へ、ヘルムート様……! 落ち着いて!」
唐突に顔をしかめ、片手を叩きつけるように顔面を覆い、そのまま身を折った令息は、恐ろしい顔で背中をぷるぷるさせている。
──わかるだろうか……これは、泣きそうなのである。
従者は周りを気にしておろおろしている。
ここは街中の往来。大通りから一筋入った場所であまり通行人は多くはないが、それでもぽつぽつと人がいて。歩いていた者たちは、突然の呻き声に怪訝そう。
青年従者は慌てて主人をなだめる。
「ヘルムート様、ヘルムート様、堪えて!」
「ぅう……」
「ちょ……こ、今度はなんなんですか⁉︎ 飢えた子猫⁉︎ それとも傷ついた小鳥でもいましたか⁉︎」
実は……彼の主人ヘルムートは、どうにもこうにも情にもろい。──いや、もろすぎる。
知的に見える顔も端正で、鍛えた身姿も程よく整っていて、財もあり、父親は侯爵とあってか、人からは立派なご令息ととられることも多いのだが……。
彼は困ったことに、子供や女性、ご老人、動物などが悲しげにしているとどうしても放っては置けない性質。
黙っていると侯爵家自慢の貴公子だが……すぐに捨て猫や捨て犬を拾い、挙句には人間も拾ってくる困ったタイプ。
(ただ……それなのに、あまり動物には好かれないという体質の若干哀れな青年である)
ヘルムートは、この性質ゆえに子供の頃から侯爵である父にはしょっちゅう叱責を受けてきた。
『へ、ヘルムート! お前また猫を拾ってきたのか⁉︎ いい加減にしろ! お前はうちを猫屋敷か犬屋敷にでもするつもりなのか⁉︎ まったく……! その情にもろいところは誰に似た⁉︎ お前は我が家の嫡男だぞ! それのような有様ではいつか必ず誰かにつけいられる! 弱点を晒しているようなものだぞ!』
父親が叱るのも無理はない。謀が飛び交う貴族社会で、情にもろすぎるというのは確かに危ういことだった。
それは彼自身にもよくわかっている。だから普段その情は、彼の弟たちや腹違いの妹にのみ向けるように気をつけているのだが……。
どうやら今日は、耐えられなかったようである。
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