20
「……あ、らぁ……、……、……」
グステルは、自分の手のひらを持ち上げて、複雑そうな顔をした。
すっかり手当てを施された傷は、厳重なほどに白い包帯を巻かれてしまった……。
彼女自身、これまでユキに引っ掻かれても、ほとんど手当てなんかしたことない。
いつもほっとけば治る的に、流水で流すくらいしかしたことがなかった。
それを、ここまで丁寧に手当てされたものだから。呆れるような、ありがたいような……不思議な気持ちで眺めていると。
そんな彼女にヘルムートは厳しい顔で言う。
「女性が傷をつくってまで男をかばうものではありません」
渋い顔で真剣に言われ、思ってもみなかった言葉にグステルが表情を崩す。
「かばう? そんなそんな……たいそうなものでは。お客様を傷つけず幸いでした」
苦笑して軽く手を振って──から、グステルはハッとした。
ヘルムートが眉間にしわを寄せて自分を見ている。険のある表情に、グステルはおやと口をつぐむ。
(──もしかして……令嬢らしからぬ、とか思われた?)
まあ、それはそうかもしれない。
貴族の令嬢たちは、美しくあることにとても重きを置いている。
働かないことは一種の貴族のステータスだから、労働の影のない傷一つない身体というのはそれだけで美しいとされている。
ゆえに、こんな傷を令嬢が作れば、痕を残さないために大騒ぎするはずだし、もしグステルが、物語通りの“悪役令嬢グステル”なら、獣に自分の手を傷つけられたら憤慨し、その獣だけではなく、その世話をしていた者たちにも重い懲罰を与えたことだろう。
(……ま、そんなの知ったこっちゃないけど)
自分はもうその運命を捨てて九年。
ずっと町民として生きてきた。
これくらいどうということもないし、もしここで彼に“令嬢らしくない、もしやこれは本当に公爵の娘ではなかったのか?” と、思ってもらえるならば、グステルにとってはそちらのほうがありがたい。
なぜ彼がここにきて、自分の本当の身分を言い当てたのかはとても気になるが……。
しかし、好奇心と身の安全を引き換えにすることはできなかった。
グステルは、絶対にヒロインラーラや王太子とは出会いたくないし……そもそも貴族社会を離れて久しい自分が、今更、家に戻ってなんになる。
グステルは、自分をじっと見つめているヘルムートに、頭を下げた。今度は心を込めて、丁寧に。
「手当をどうもありがとうございました。私の猫のご無礼をお許しください」
でも、とグステルは顔を上げて、ヘルムートの瞳をまっすぐに見つめる。
「やっぱり私は、お客様がおっしゃる女性ではないと思います」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだまだ序盤の出会い編。「楽しそうだな」「続きが読みたいな」と思っていただけましたら、ぜひブクマや評価等をポチッとしていただけると大変励みになります。
応援していただけると嬉しいです、よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)




