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 グステルがキッパリ自分を『極悪非道』といったのには訳がある。


 彼女が知る自分の未来──つまり物語の中では。

 “令嬢グステル”は、絶世の美男と言われる王太子に恋をして、父の権力でその婚約者の座に収まる。


 ──が、それが彼女が悪役に堕ちるきっかけとなる。


 その数年後、愛しい王太子の前には、愛らしいヒロインラーラが現れて、彼らは運命のように惹かれあって……まあそりゃ運命だ。小説のストーリーなのだから。


 ま、そんなわけで。

 恋に落ちた二人を見た“悪役令嬢グステル”は、当然ラーラにつらくあたり。婚約者の座を譲るまいと画策する。

 そんな中で、嫉妬深い彼女を見た王太子は、ますますグステルから心が離れ、どんどんヒロインの優しさと善良さを愛するようになる……というような。

 グステルにとっては自業自得だが、踏んだり蹴ったりなお話が展開される。


 結果、グステルは盛大に玉砕し、ヒロインを恨み、あがいては見事に失敗。


 ……そんな人生はいやじゃないか……。


 そして今、前世の記憶を持って“悪役令嬢グステル”となった彼女は、誰のことも陥れたりしたくないし、平和に生きていきたいと心から願っている。

 その心がけさえあれば、王太子たちの傍にいても大丈夫では? とも思われるかもしれないが……。

 しかし、前世を覚えているグステルは、そこでの体験から恋愛の恐ろしさを知っている。


 グステルは、自分の前に立つ青年に向けてしみじみと語った。


「坊ちゃん……俗世にはですね、理性の及ばぬ激情というものがあるのですよ……。私は前世の経験から理性的にあろうと努めてはおりますが、“悪役令嬢”という役割を与えられた私が、いつ気の迷いをこすかもわからないではありませんか」


 たとえ前世があったとはいえ、彼女がこの世界で生を受けたことには変わりがない。

 性質は身に宿るものと、グステルは思っている。

 親から受け継いだり、生まれ持った性質というものがきっとあると思うのだ。

 グステルの今生の父は横暴で、母は気まぐれで苛烈。

 その二人の血を引いているグステルは、自分の中に確かに“悪役令嬢グステル”になってしまう素地があると恐れていた。


 それにですね、実は……とグステルは神妙な顔。

 そのつらそうな顔に、青年は心配そうな目をする。


「ステラ……? いったいど──」

「大変申し訳ないことに……! 私め……っ」


 問いかけてくれる言葉を遮って、グステルは思い切って白状した。


「私め、前世の頃から金髪男子に弱いんです‼︎」


 力強く訴えると、一瞬場が、し……ん、とした。

 目の前の青年はものすごく呆れたような唖然とした顔をしているが、グステルの性癖告白は続く。


「……、……、……」

「王太子殿下は金髪碧眼なのですよね……⁉︎ 前世の嗜好からいっても……やっぱり出会わないほうが賢明です!」

「……ステラ……」


 だから、王太子やヒロインがいる王都には、帰りたくない。

 万が一でも、自分が王太子を好きになり、“悪役令嬢”になってしまう可能性があるのならば。


 ……そう、ぶっちゃけ談で押し切ろうとした時だった。

 目の前で、青年がふっと笑った。


「……で?」

「……え? “で”?」


 若干低くなった声でそう言われ、グステルが瞳を瞬いた。

 で? といわれても困る。


「えぇと……?」

「金髪碧眼の王太子? だから?」


 ヘルムートは、鼻を鳴らして彼女を見て、不意にグッと距離を詰めてきた。

 その顔は笑顔だが……目が笑っていない。

 グステルは、なんだか次第に自分が追い詰められていくような気がして、困惑した。


「お、お坊ちゃん……? どうなさったのですか……? なんだか邪悪さが滲み出てますが……」


 異変に戸惑い尋ねると、ヘルムートは、これまでの彼女に対する同情をベースにした優しげな顔をかき消して吐き捨てた。


「ああ、知りませんでしたか? 私、王太子のことが心底嫌いで」

「あ──」


 言われて何かに気がついたグステルがパチクリと瞬きする。

 ……そうだった、彼はヒロインの“シスコンお兄様”なのである。


「そうでしたそうでした……お坊ちゃんは、妹君のラーラさん愛しのあまり、王太子殿下にすら『何処の馬の骨』的な当たり具合で……」


 ストーリーを思い出したグステルはふっと生温かい気持ちに包まれて笑む。


 そんなグステルの言葉を、ヘルムートはやや皮肉げに笑う。そして何を思ったか、微笑んだまま、彼女のほうへスッと手を差し出した。


「ん?」


 気がつくと、ヘルムートの指先がグステルの頬に触れていた。

 そっと微かな感触に、グステルがキョトンとする。


「お?」

「そうなんです、が……今はあなたの言葉のほうが気に食わないかな……」

「──は?」


 言って首を傾けたヘルムートは、やけに色っぽい顔で彼女の顔を覗き込んでくる。


「……金髪でないと好きにならない? 私は黒髪なんですが?」


 ヘルムートは言って、目を瞠るグステルを見つめる。

 

 ……おう、確かに黒髪だ、と、グステルはやや呆然とする。


 こちらへ向けられた視線の熱さで顔の皮膚がヒリヒリするような気すらして。……正直圧倒された。

 艶やかな黒髪の隙間にのぞく青紫の瞳の、なんと蠱惑的なこと……。


 ずっと見ていると、思わず引き込まれそうな気がして。(鼻血も出そうな気がして)

 グステルは……クラっときて、思わず無言で天井を仰いだ。

 急に頭に血が上ったゆえの行動だったが……気がつくと口が勝手に動いていた。


「……、……、……、……そんなことは……ないです……」


 

作品お読みいただきありがとうございます。


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