175 グステルの知らない、王太子の異変
「状況から察しまするに……王太子様が、殿下に無礼を働いた私を捜索なさっていた件に関係しているのではないかと」
言って、グステルは王妃の反応をうかがった。
だが、王妃はスッと瞳を細めただけ。
「……ほう」と、言ったきり、やはりこちらもグステルの様子を見定めようとしているかのような目をしている。
これはなかなか強敵かもと思いつつ、グステルは愛想のいい笑顔を絶やさずに続けた。
「そこで何かとんでもない誤解が生じて、口さがない者が『殿下がどこの馬とも知れぬ娘に熱を上げている』……なんて無責任な発言を申して、王妃様を心配させたのでは……?」
王妃なんて大物が、このタイミングでグステルの前に出てくるのならば、考えられるのはそれくらい。
まさか国の母ともあろう女性が、自分の王子に無礼を働いたからといって、町民をいちいち呼び出し、直々に審問するわけがない。呼び出されるからにはそれ相応の理由があるはず。
それにこの対面は、どこか内密に行われている節がうかがえる。
連れてこられた部屋も立派ではあるが、王妃が国民と面会するにしてはいささか簡素で狭い。
彼女の服装も、王妃の着物としてはやや地味。
世間では時折王族の贅沢が取りざたされるが、王族は着飾ってなんぼ。国民は、自国の王や王妃が立派であれば喜ぶし、そうであってこそ自分たちの国にも誇りを抱ける。
もちろん、それも程度の問題はあるだろうが……ともあれ、今グステルの前で着席した王妃の出で立ちは、紺鼠のワンピースドレスに暗色の長いローブ。目立たないように配慮しているのは明らかだった。
(いや……これは、もしかしたら王妃の使いあたりを装いになるおつもりだったのかも)
しかしそれはグステルがすでに王妃の顔を知っていたことで意味をなさなくなった。
彼女を見つめる王妃は、気品の漂うくちびるにうっすらと柔和な微笑みを浮かべているが、そつのない笑顔には隙がない。申し訳ないが、グステルは非常に面倒なことになったと思った。
(これはどこかで変な誤解が生じたのね……)
メントライン家の問題が、今日ある程度決着がつくだろうと思っていたのに、これはとんだ邪魔がはいったものである。
王妃に笑顔を向けながら、グステルは心の中で嘆き、この事態をどう切り抜けようかと思考を巡らせる。
……しかし、彼女は知らない。
その王太子が、彼女が考えているよりも余程深く彼女との再会を熱望し、それはすでに彼の周りの人間にまで影響をおよぼしているということを。
事実、王妃がこうして息子の遣わした捜索隊から横取りしてまで、王太子が探している娘と先に面会を果たしたのは、そんな息子の異変にすっかり動揺してしまったからなのである。
将来の国王たる彼女の息子の一挙手一投足には、多方面から注目が集まる。
その王太子が誰かを熱心に探していれば、当然それは誰だという話になるし、ましてやそれが若い娘なら。憶測が憶測を呼ぶ大事件。
現在、王太子の執心ぶりを目撃した者たちは、皆口々に、王太子がその者を妃に迎えるつもりなのではと噂していた。
もちろん王宮内では王太子の私事に口を出すのは禁じられている。
しかし、ここのところの王太子は、普段のほがらかさが嘘のよう。つねにまわりに如才なく気を配っていた青年が、ある一つのものに心を奪われたようにぼうっとしている。
その瞳はどこか遠くを見るように切なげで、彼が胸のうちに大きな悩みを抱えているのは誰の目にも明らかだった。
そんな王太子を見てしまった人々の興味は尽きず、皆黙っていられないのである。
はじめは捜索を命じられた騎士兵士たちの間で。そのうち口の軽い誰かが他の者にそれを漏らし、それは瞬く間に王宮内に広がった。
今ではそれは社交界にも伝わりつつあり、王妃としては、これはは由々しき事態。
王宮の女主人としても、王太子の母としても。彼女は対処に乗り出さざるをえなかったのである。