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173 恐怖のさきに待つもの

 

 グステルとしては、先日王太子と再会したときの恐怖を思えば、できることなら、もう二度と彼には会いたくない。

 彼女は今“悪役令嬢”という爆弾を抱えているに等しい。

 その導火線に火をつけそうな青年と、会いたいはずがない。


(逃げる……?)


 とっさにそう考えて、手だてはあるだろうかと、グステルは静かに自分を連行していく騎士たちの数を数える。

 しかし、半分も数え終わらないうちに、グステルの斜め前を歩いていたリーダー格らしい中年の騎士が、にこりと隙のない笑顔で彼女を振り返った。


「お嬢さん、逃げようなどとは考えないほうがよろしいですよ」


 見透かすような言葉に、しかしグステルも負けていない。

 相手が中年だろうと、彼女的には年下だ。なんだこの若造め、という負けん気をこめて微笑んでやった。


「あらおほほ。そんなまさか。この手弱女(?)が、こんなに大勢の騎士様方相手に、そんなことできようはずがあります?」

「でも君、前科がありますからねぇ」

「……あらー」


 即座に持ち出された“前科”とは、先日グステルが王太子の前から逃亡した件だろう。

 中年騎士は、表面上はにこやかにつげる。


「まあ、我々は、ここでみすみす君を逃すようなへまはしませんが……。我々が、すでにいろいろと調査したうえで君を連れ出しているということは理解しておいてください。逃亡などすると、多方面に迷惑がかかることになりますよ。例えば……あの家の借主などに」

「…………」


 意味深に微笑まれたグステルは、表情は崩さなかったものの、さすがに心の中では苦い思い。

 彼らは、ヘルムートのことを知っているらしい。

 つまり今のは、『お前が逃げるなら、その者に責め苦がいく』という脅し。

 これにはグステルは、心の中で憮然。

 あの拠点にたどりつかれた時点で、ある程度は覚悟していたが。どうやらこれは、ヘルムートたちハンナバルト家に迷惑をかけないためにも、グステルは覚悟を決めて王太子に会うほかないようである。


 こんなに大勢の騎士を動かしてまで、自分を探し出した王太子の思惑がわからず不安だが。しかし、グステルはまだ希望はあるような気がした。

 自分の恐怖は二の次。

 現時点で、グステルが一番恐れているのは、ヘルムートたちに迷惑がかかることと、彼女の素性が明るみに出て、メントライン家が密かに叔母の不始末を片付けようとしていることがバレることだ。


 しかし、先ほどから、騎士は彼女のことを『君』と呼んでいる。

 その呼び方は、同等以下の相手へのもの。グステルが、貴族の娘と分かっているような対応ではない。


(……ということは、彼らが私の身元について突き止めたというわけではなさそうね……)


 もしや、人相などを頼りに目撃情報をたどって居場所をつきとめられただけなのだろうか。

 だとしたら、グステルが今から王太子と対面するとしても、それはただの町民として。

 ならば、ひとまずはこの連行で、グステルたちメントライン家の画策が明るみに出る可能性は低い。


(だったら……私が今一番考えるべきは、できるだけヘルムート様に迷惑をかけないようにすること……)


 この思いがけない事態が、ラーラと王太子の仲に影響しても事である。

 もちろん処罰は怖いが、自分がやってしまった罪の責任は自分だけで取りたい。


(……やるっきゃないか……)


 グステルの瞳には決意がにじむ。

 王太子が、どういう思惑で、ここまでして自分を捕らえたのかは釈然としないが。

 彼との恐怖の対面も、ヘルムートのためと考えれば、なんとか持ちこたえられそうな気がした。


 ──ただ、と、グステルは。怪訝な思いで騎士たちを眺める。


 王太子に無礼を働いたうえでの連行なのだから、これは処罰を前提としたものであるはず。

 ……だというのに。

 騎士たちは、何故かずっと妙にグステルに丁寧に接してくる。

 まさかそれが……件の王太子がじきじきに『彼女を丁重に扱え』と、命じているため……なんてことは、想像もしないグステルは。騎士たちに従いながらもずっと気味が悪い。


 その疑問は、次第に不安に変わり──連れていかれたのが、やはり王宮であったことを見て。普段はあまり緊張しないグステルも、さすがに寒気を感じた。


 ここまでくると、己が連れていかれる先に、あの麗しい王太子が待っていることは確実。

 普通なら、処罰対象の町民が王宮に連れていかれるなんてことはありえないが、(これも、物語にひきよせられているがためだろうか、)と、考えると……。

 彼女の脳裏には数日前の恐怖が蘇り、それは想像よりもはるかに彼女を苦しめた。

 グステルの中には、確かにかの青年に惹かれる“グステル・メントライン”がいて、その者は、今も虎視眈々と彼を自分のものにしようと狙っている。

 彼女はきっと、自分にとって代わることを諦めてはいない。

 自分の中から沸き上がる恐怖が、その証明のような気がするのだ。


 ……ただ。


 グステルは気がつく。

 今、彼女の心にあるのは、恐怖だけではなかった。

 あの時助けてくれた青年の優しさは、彼がそばにいない今も、確かに彼女に寄り添ってくれていた。

 

 ……、……にゃん。


 そんなふうに呼びかけてくれた彼を思い出すと、恐れのなかにもホッとするものが芽吹く。

 青年の存在に支えられ……グステルは、近づいてくる懐かしき王宮を見つめながら固く決意する。


(……ヘルムート様……しっかり戦ってまいります……)


 今度こそ、負けてなるものか。

 




「……ぁ……」


 そこで彼女を待ち受けていた人物を見た途端、グステルはかすれた声を漏らした。

 大きく見開かれた瞳からは、とめどない涙があふれ出ていた……。

 


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