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169 叔母の人生の謳歌度


「ヘルムート様がご不在ですので」と、いいながらやってきたグステルは、テーブルに並べた皿を着席したヴィムのほうへ手で押して近づけると、開いたスペースにパンの皿。


「今回は代わりに、ヴィムさんにご参加いただきます。……ああ大丈夫ですよヴィムさん。ヘルムート様にはお手紙を用意しますからね、ヴィムさんはしっかり食べていてください」


 こじんまりした食堂のまるいテーブルには、ヴィムのために用意された食事がずらりと並べられている。

 出席者は三名。

 グステルと、その彼女にマフィンどころか、パンやスープ、肉料理や果物などまで配膳されて目を丸くしているヴィム。

 そして、イザベル嬢である。

 ちなみにグステルの兄フリードは、メントライン家に居座ったまま。妹を邸に乗り込ませるために、彼が『邸に数日滞在する』と表明したためだが……。

 兄の堪え性のなさからいって、きっとそのうち戻ってくるだろうとグステルは睨んでいる。……おそらく、大いに叔母とエルシャを疲弊させてから。


 と、昼間の一件で、いつもより不機嫌なイザベルがヴィムを睨む。


「……何よ……こいつヘルムートの付き人でしょ? あんた、何やってんの? ……餌付け?」


 イザベルは、ヴィムとはシュロスメリッサ以来。

 しかも今は八つ当たりできる相手を欲しているとあって、その圧は強い。眼光鋭く言葉も刺々しい令嬢に、気の弱い青年がすっかり怯えている。


「ひ……ひぃ……」


 と、そんなヴィムの隣にやってきたグステルが、椅子を引きながらイザベルに平然と言った。


「イザベル様睨まないでください。もはやヴィムさんは私の子ど……いえ、弟も同然なんです。どうぞイザベル様もかわいがってください」

「はあぁぁ?」


 なんで私がという顔のイザベルに、しかしグステルは「はいはい」と、取り合わない。


「イザベル様、イライラは八つ当たり以外でも発散できますから。さ、イザベル様もヴィムさんにお菓子でも貢いでみてください。ヴィムさんは食べてる時もかわいいですから、すごく癒されますよ? ええと、それで……」


 グステルは、完璧に疑いの眼差しのイザベルに、「はい」と、ヴィムにやるための菓子の皿を渡してから。話を先に進めようとヴィムの隣に着席した。

 ここは一度状況を整理しておきたかった。ヘルムートの代理のヴィムはともかく、イラついたイザベルはあまりいい聞き手とはいえないが。


「街邸の叔母たちの状況は、おおむね想像していた通りでしたが、少々想定外の事実も発覚いたしました」


 グステルは当初、叔母を“説得”する材料の一つとして、すでに領地で捕えられたアルマンを使おうと考えていた。

 彼は叔母の情人。あのようなチンピラ上がりの男にそそのかされるということは、大勢の使用人らに囲まれて威張ってはいても、叔母はどこかで孤独を感じているのだろう。きっと、アルマンは交渉材料に使える。……と、思っていたが……。

 もちろん、その一手は今後もどこかしらで使うことにはなるだろう。

 しかし、その叔母の孤独は、今回思わぬ形でグステルを驚かせることとなり、アルマンの交渉材料としての効力をも疑ってかからねばならぬ事態となった。

 メントライン家の街邸を調べた彼女は気が付いた。これは、彼女にとってはちょっと、理解しがたい話なのだが……。


 叔母グリゼルダには、もう……別に、男がいる。


 ……そのことを思い出すと……グステルの目が、つい、虚無を見る。


(……、……、……叔母様の……人生の謳歌度が爆発している………………)


 叔母は、兄である公爵を陥れるほどに、アルマンにほれ込んでいたのではなかったのだろうか。それとも、遠距離恋愛になって寂しさに耐えられず、言い寄ってきた男になびいてしまったのか、はたまた叔母のほうから言い寄ったのか……。どちらにしても、グステルには理解のできない思考であった。

 グステルはげっそりした。


「こんな話……とても子供(イザベルとヴィム)には聞かせられない……」

「?」※ヴィム

「……なんなのあんた?」※イザベル

「ふふ……おほほ」


 不可解そうな顔をする二人に、グステルは若干疲れのにじむ笑いで誤魔化す。

 しかし呆れるというか、大人のただれを感じさせる話はまだあるのだ。

 叔母はその新しい男に、街邸の嫡男の部屋──つまり、あの気位がそそり立つ山のように高く、すぐに腕力に訴える兄フリードの私室を、よりにもよって、その男に与えていたようなのである。

 そのことに気が付いたときは、さすがのグステルもちょっとゾッとした。

 

「……やれやれ……まったく叔母様は……次から次に恐ろしいことをやってくださいますよ……」


 兄が長年勤め先の領地にいて、その部屋が長らく使われていなかったとはいえ。よりによって跡取りのための特別な部屋を情人に与えるとは開いた口が塞がらない所業。

 そりゃあ情人は喜んだだろう。次期公爵に与えられる特別な部屋は、とにかく贅を凝らしてあった。

 しかし、そんな勝手をされた兄はどう思うだろうか。

 今のところ、グステルはこの事実をフリードには伝えていない。が、もし彼がこのことを知れば、おそらく激怒ではすまぬ事態。

 グステルの脳裏には、怒りと剛腕に任せて邸を蹂躙し、叔母を締め上げる兄の姿がはっきりと思い浮かぶ。


 ……言えない。とても言えやしない。


 グステルは思わず心の中で、今日もきっとその部屋を使っているだろう兄に手をすり合わせる。


(……ごめん、お兄様……! お部屋はあとでフルリフォームしてもらうからね……!)


 ここは知らぬが仏というやつである。

 いくら兄がガサツでも、自分の部屋が、叔母たちの逢瀬に使われていたかもしれないなんてことを知れば……さすがに気分が悪すぎるだろう。


「ま、まあ、ともかく……今後は別方面へのアプローチを優先します」


 そうテーブルに着く二人に宣言すると、叔母のただれていそうな話を割愛された二人はとても怪訝そうだったが。叔母と新たな情人の件は、下手につついては危険。すでに相手の男もなんとなくわかっているが、ひとまずこの事実は、兄の部屋をきれいさっぱり変えてしまうまでは隠ぺいしようと、グステルは決意した。

 代わりに先行させたいのが、王太子とエルシャの離間。

 グステルの目的は、物語の軌道修正。

 グステルの名を使って行われている叔母たちの企みをつぶし、王太子とラーラの恋物語を元に戻すこと。

 思うに、と、グステル。


「殿下とエルシャさえ離してしまえば、あとはラーラ様がご自分で何とかしてくださると思うのですよ……」


 グステルは、良くも悪くもラーラのヒロイン力を信じている。

 本当は、ラーラの力があれば、物語は最終的には丸く収まるところに着地するとは、思っている。


「……ですが。そこは、我らメントライン家が巻き込まれぬ形にせねばなりません」


 もはや物語とは別物になった自分の家族たちを、グステルは、ラーラのヒロイン力から守らなくてはならなかった。

 そのためには、悪事を働いた叔母をも守らなくてはならないことは、正直かなりもやもやするが、これは致し方なかった。


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