166 イザベル嬢の怒り、勘違い進行中。
令嬢はイライラと髪をかき混ぜながら吐き捨てる。
「だーかーら! よく分からなかったの! なんかこう……あの子がいきなり来て、喧嘩を売るような雰囲気をかもし出してくるからこっちもつい腹が立ったの!」
「そ、それではイザベル様は……意味も分からずにあのように喧嘩腰だったのですか……?」
グステルは、あんな対峙するのにも勇気がいりそうな美しさのお嬢ちゃまを相手によくやるな……と、呆れ顔。だが、イザベルならやりかねないと思った。
彼女は自分にゆるぎない自信を持っていて、それゆえの高慢さ。彼女のヘルムートへの態度を見ても分かるが、この令嬢にとっては、相手が素晴らしく麗しいとか、可愛らしいなどということは考慮に値しない。どんな相手が目の前にこようと、彼女にとっては自分が一番なのだから。
世間知らずともいえるが、ある意味羨ましいご性質。その自信はどこから……? なんてことを聞いてもそれこそ意味がない。生まれ持った性格であり、両親たちの甘やかしでしっかり培われた性質なのである。呆れるを通り越してもはや興味深い。
「……これは悪役令嬢属性ゆえの素地なのかしら……天に与えられた役割だから……?」
まあ興味はともかくとして、彼女に幸せになってもらいたいグステルは真剣に考えこんでしまう。
彼女が彼女らしく幸せになってくれればそれでいいとは思うのだが、世間にはグステルのように悪役令嬢の属性を鷹揚に受け止める者ばかりではないだろう。そこはやはり、ある程度の感情制御が不可欠。
……このイザベル嬢を変えるなんてことは、非常に骨の折れることではあるだろうが。
(でも、ヘルムート様も、私の家族たちも大いにお変わりになられたのだもの……もしかしたらイザベル様にも変化の余地があるかも……)
性格丸ごと変わってくれとは言わない。だが、もう少し我慢は覚えてほしい。せめて、相手となぜ喧嘩になっているのかを理解するくらいは。
と、ここでふとグステルは、つい先ほどまでこの居間でイザベルと対峙していた華やかな娘を思い出す。あの美しさには、なぜかうすら寒さすら感じてしまって。
(もしやあのお嬢ちゃまはヒロイン属性だった……?)
だから、対極にある存在として自分は少し怯えを感じていて、イザベルも大いに敵愾心を抱いたのだろうか。
「まあ……見るからに、ヒロインみたいなお嬢ちゃまでしたものねぇ……」
その愛らしさを思い出し、しみじみとグステル。
が、感嘆の息をこぼすグステルに、イザベルがたちまち憤慨した。
「何がヒロインよ! あの子見た目はああだけど! 結構いい性格してたわよ⁉」
イザベルは、先ほどその娘と対峙したときに言われた言葉を思い出してムカムカした。
あの娘は、いかにも自分が正しいという顔でずけずけと言ったのだ。
『きちんと礼儀正しくなさってください。そうでないのなら、当家に行儀見習いで滞在していたとは絶対に言わないでいただきたいです。当家の恥ですから』
『あなたがしっかりしなければ、私の大切なお兄様に迷惑がかかるのだと、本当にお分かりですか?』
この言われようにはイザベルも唖然。その娘がここでヘルムートのことを持ち出してくる意味も、“私の大切なお兄様”を強調する意味も、微塵もわからなかった。だが、とにかく癇に障る言われようだったのには間違いがない。
彼女にとってはヘルムートなどユキのお世話係のひとりにすぎず、親友を奪おうとする鼻持ちならないライバルだ。迷惑なんか、大いにかけてやるつもりなのである。(※「それもどうかと……」byグステル)
そもそもハンナバルト家での行儀見習いなど、ユキの傍にいるための建前である。多少は奥方の世話にはなったが、そこへきてなぜ、あまり関りもなかったその家の娘が、わざわざ押しかけてきてまで、恥だの迷惑だのと言って自分を睨むのだろう。この不可解さは、イザベルの苛立ちに直結する。
(なんなのよ……? しっかりってなに? 私がしっかりユキの面倒見てなかったから、ヘルムートが面倒を押し付けらけられたとでも言いたかったわけ⁉)
そう考えたイザベルの脳裏には、自分の前でイチャイチャするヘルムートとユキ。
むかつくほどに長い脚の、その膝の上で。ゴロゴロと喉を鳴らし、青年の身体に埋まりそうなほど頭をくっつける白猫と、そしてそれを嬉しそうに見下ろして、『ユキさん、息はできていますか?』と、静かに微笑む男──……。
を、思い出したこの瞬間、イザベル嬢は、ものすごく、イラッとした……。
そして、苛立ちと困惑でいかつい顔になるイザベルに、あの娘はさらに言った。
通された居間の長椅子に、いかにも良家の慎ましい令嬢という顔で座り、膝の上で拳を握りしめて。まるで裁判官か何かのようにイザベルを詰問したのだ。
『あなたのせいで、お兄様は怪我もなさいましたよね? その責任は? どうとるおつもり?』
『は……? 怪我……?』
これについてはイザベルはポカン。
『おつもり』も何もない。彼女は、先のメントライン家の本邸での騒動の詳細は知らず、ヘルムートがグステルをかばって怪我を負ったことも知らなかった。
当然イザベルは怪訝な気持ちでラーラを見て、その(この子何言ってんの……?)という表情を見たラーラは、信じられないという顔をした。
『え……ご自分のせいでお兄様が怪我をしたのに、あなた、そんなことにも気が付かなかったのですか……⁉ 愛情はおありにならないの……⁉』
その瞬間の、彼女の軽蔑したような目を思い出したイザベルは、あまりにも腹が立って猛々しく怒声を上げた。
「なんなのよあの子はっ! ああぁっ! ムカムカするっっっ!」
どうせヘルムートが自分のせいで怪我をしたなんて、イザベルが泣く泣くユキの世話を彼に譲ったことで、ユキに引っかかれたとか、咬まれたとか。きっとそんなことだったに違いない──と、イザベルは思いこんだ。ゆえに彼女はラーラの言う“愛情”も、ユキに対するものだと勘違いする。
イザベルは、カッと目を見開いて怒りも露わ。
「っあるわよ! ユキは私の王子様よ! あるけどユキが受け取ってくれないのよ! 一方通行で悪かったわね⁉」
「あ、ああ、ああ……イ、イザベル様、落ち着いて落ち着いて……」