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164 逃れられなかった出会い

 


 グステルの言葉に、ヘルムートが足を止める。

 二人が見つめる道の先を、ヴィムがどこかへ向かって横切っていく。その足取りはせかせかしていて、表情はどこか不安でこわばっているように見えた。

 グステルたちは顔を見合わせて。青年が民家のかどを曲がって行ってしまわないうちにと、ヘルムートが彼に呼び掛ける。


「ヴィム!」

「あ! ヘルムート様! ──と……ステラ、さん……?」

「ヴィムさん」


 名を呼ばれて急停止したヴィムは、ビン底眼鏡のグステルを見て一瞬目を真ん丸に。

 しかししげしげと見つめられたグステルは、ぽかんとした青年の顔を見てまなじりを下げる。

 王都に入ってから、やっとの再会。

 彼のことは、長旅に付き合わせてしまった。しかもその長旅には、厄介な兄までいて。きっと彼もすごく疲れていたはず。

 彼の無事はヘルムートから聞いてはいたが、こうして実際に顔を見ると嬉しかった。

 グステルは駆け寄ってきて、興味津々で自分の変装姿を眺めている青年の頭をよしよしとなでる。


「よかった。お元気そうですね」


 気分は、遠足から帰った息子(※小学生くらい)を出迎える母親。無事な姿を見てとてもホッとした。気に掛けられたヴィムも、嬉しそうにわんこ顔──をしていたが。

 グステルの隣には、いつもと装いの違う主の姿。

 ヴィムはすぐにハッと我に返る。


「あ! そ、そうだった! ステラさん、すみません。あの、ヘルムート様、ちょっとこちらへ……」


 ヴィムは慌てているのか、口早に言って。ヘルムートを連れて彼女から少し距離をとった。

 その様子を見て、グステルは、どうやらハンナバルト家で何かあったらしいと察する。心配ではあったが、その場は動かなかった。いくら親しい間柄でも、他家の問題には、みだりに首を突っ込むべきではない。

 と、ヴィムと話し込んでいたヘルムートが、ほどなくして彼女のもとへ戻ってきた。

 その足取りには、少しだけ焦りが見て取れた。


「申し訳ありません。すぐに邸に戻らなくてはならなくなりました。家までヴィムに送らせるので──」

「ああ、私なら大丈夫です。ご用意いただいた家は、もうすぐそこですから」


 気遣ってくれるヘルムートの申し出に、グステルはすぐに首をふる。

 実際、すでに彼女たちは例の家の傍まで帰ってきている。

 今、グステルが立っている場所から見て右手、先ほどヴィムが飛び込もうとしていた民家のかどを曲がればすぐ目の前に家が見えるだろう。

 目立たぬ場所にある家ではあるが、ヘルムートがグステルのために、王都でも特に治安のいい場所を選んでくれているので危険はないはず。

 おまけにその家には、兄の配下として一緒に王都入りしたメントライン家の人間もいて。もし何かあったとしても、大声をあげて家に逃げ込めばいいだけのことだった。

 だからグステルは、心配性のヘルムートに大丈夫だと微笑む。


「どうぞご心配なく。行ってください」


 その言葉を聞いたヘルムートは、それでもやはり心配そうな表情のままであったが。彼は素早くあたりに視線を走らせ、周囲に怪しい人影がないことを確認すると。申し訳なさそうな顔で改めてグステルの手を取った。


「またあとで参ります」

「はい、わかりました」


 忙しいのなら、一日にそう何度も時間を割いてもらわなくてもと、気遣う気持ちもあったが。自分の手をぎゅっと握りしめていった男の気持ちを考えて、グステルは頷くに留めた。

 そうしてグステルは、ヘルムートとヴィムを見送って一人例の家に戻った。……の、だが……。


「……はぁ⁉ なんなのよあんたは!」

「⁉」


 家の扉を開けたとたん、聞きなれた喚き声がグステルの耳をつんざく。グステルは、うっと思って、つい苦い顔。

 ……どう聞いてもあれは、イザベルお嬢様の声である。

 いったい何事かと思ったが、慌てはしなかった。

 気難しいイザベルのこと。共に過ごしていれば、こんな声は日に何度も聞くことになる。グステルは、はっきりいってもう慣れっこだった。

 グステルは慌てずにヘルムートから借りたケープを脱いで、玄関脇のフックに掛ける。これはまたあとできれいにして彼に礼を言わなくてはならない。


「さて……イザベル様は、今度はいったい何に怒っておいでなんでしょうねぇ」


 また、ユキが素っ気ないとか言って癇癪を起しているのだろうか。

 それとも退屈なのにグステルが自分の相手をしないとか不満を漏らしているのか。

 やれやれとグステル。

 いろいろと事が片付いたら、ぜひとも次はイザベルの行儀見習いをなんとかせねばと心に誓う。

 問題の多いお嬢様だが、優しいところもある可愛い子なのだ。

 幸せになってほしいと願っているが、そのためにはぜひ、グステル以外とも平和な交流が持てるように、多少の気遣いというものは覚えてもらいたい。

 しかし、今はとりあえず、なぜ怒っているのか聞いてやらねばと考えて。グステルは変装もそのままに、イザベルのもとへ駆けつけることにした。

 この時……グステルがビン底眼鏡とウィッグを外さなかったのは、まさに不幸中の幸いであった。


「イザベル様、今度はいったい何を怒っていらっしゃるので──あら?」


 細い廊下を進み、居間に入ろうとして。その戸口に困惑した様子の中年の男性使用人を見つけ、グステルは足を止める。

 彼は例の兄の配したメントライン家の者。

 なかなか屈強そうな彼は、廊下をやってきたグステルに気が付くと、視線で助けを求めてくる。


「どうしたんですか……?」

「それが……よくわからんのです。ほかの者たちが出かけてしまったので、わたしは庭を掃いていたのですが……その間に、どうやら来客があったようで……」

「来、客……? この家に……?」


 その報せにグステルは、一瞬緊張を浮かべる。

 現在グステルたちが滞在中のこの家の存在を知る者は、そう多くない。

 家を用意してくれたヘルムートと、その配下やヴィム。それから兄とその配下たち……。


(……ん? もしかして、エドガー様?)


 ふと、グステルの脳裏に飄々としたヘルムートの友の顔が思い浮かぶ。

 何かと情報の早い彼のこと。またヴィムあたりをうまく丸め込んで、この家の場所を聞きだしたのだろうか……。

 もしそうだとしたら、イザベルが出合い頭にいら立っても不思議ではないかもしれない。


(エドガー様はいつもどこか胡散臭いからな……)


 本人が聞いたら『心外だ!』と笑い転げそうなことを恐れつつ、グステルは男性使用人の後ろから居間のなかをこっそり覗き込んだ。

 するとそこには想像と寸分たがわぬ憤慨顔のイザベルが。


(あらー……これは、全開の時の顔だぁ……)


 顔を真っ赤にし、立ち上がって思い切り相手を睨みつけているイザベルを見たグステルは、とてもげっそりした。

 なんだろうか、エドガーに甘い言葉でも掛けられて、なんかムカついたのだろうか。

 でも、まあ、相手がエドガー様なら別に止めなくてもいいかなぁ……なんてことを考えつつ。グステルは、男性使用人の後ろから身を横にずらせて、ちょうど陰になって見えていなかった客のほうを覗った。


(⁉)


 とたん、グステルの表情がこわばった。

 イザベルの前には、見知らぬ客人が一人。……エドガーでは、ない。

 それは、まばゆいほどの美少女だった。


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