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159 可愛すぎてしかれない

 

「……大丈夫ですか?」

「⁉」


 メントライン家の邸を出ると、すぐに声をかけられた。

 警戒して街邸を抜け出してきたグステルは、思わずぎくりと足を止める。

 さっと横を見ると、たった今出てきたばかりの裏口の門柱裏に男が立っていた。

 グステルは、その姿を見て驚き、つい目を丸くする。


「ヘルムート様? なぜこんなところに……」


 これから彼と落ち合うために、申し合わせた場所に向かうつもりだった。

 しかしつい言ってから、グステルはハッとして後ろをふりかえる。

 視線は不安げに邸のほうを確認するが、幸い今来た勝手口から延びる小道には誰の姿もない。グステルは、ホッと胸をなでおろす、……が。


「!」


 しかし安堵しかけたところで、あるものが目に入り、グステルは身をこわばらせた。

 邸の窓に、誰かがいた。

 勝手口の横にある窓だ。ガラス越しに見えた人影は、すぐに室内に消えていったのでよく見えなかったが……服装は、メイド服を着ていたような気がした。

 その人物の視線が、自分たちに向けられていたような気がして。

 グステルは焦りを感じ、素早く歩き出す。


「……誰かに見られたようです。ヘルムート様、すみませんが、すぐに場所を移しましょう」


 小声でささやくと、ヘルムートも無言でその場を離れる。どうやらグステルとは別のルートで落ち合い場所に向かうつもりのようで、その姿はいったん見えなくなった。

 その気配を感じ、グステルはやれやれと内心でため息。

 彼女が出てきた出入り口は街邸の裏手で、庭に挟まれた小道をゆくと、使用人たちの台所や作業場の勝手口へと続いている。

 主に使用人だけが使う出入口で、叔母らの目は届かない。

 おまけに今は、邸の使用人たちも兄の連れてきた従者たちを相手に、邸の内装についてすったもんだの最中。抜け出しても誰の目にもつかぬだろうと油断もあったのかもしれない。


(見られてしまったわよね……大丈夫かしら……)


 グステルは一抹の不安を覚える。

 兄フリードが街邸に乗り込むために連れてきた従者の中に、メイドは彼女だけ。

 つまり、先ほど彼女たちを見ていたのは、確実に街邸の家人。


(しまったわ……)


 何がきっかけで、叔母たちにこちらの企みがバレるかもわからない。できるだけ不安要素は作りたくなかったのに。

 街邸をズカズカと調べて回った彼女のことを、あの邸の家人たちは絶対によく思っていない。

 その自分が、裏口でなにやら男と会っていたとなれば、不審に思われ、叔母に報告されるのは確実である。


(ヘルムート様ったら……)



「……申し訳ありません」


 事前に決めてあった落ち合い地点にたどり着くと、そこに別ルートで先にたどり着いていた男がさっそく謝罪を口にした。

 二人がいるのは、公爵邸からは少し離れた庭園。

 庭園といってもそう広くはなく、大邸宅の並ぶ高級住宅街内の限られたスペースをうまくつかい、コンパクトに憩いの場を設けてある。木々が邸宅と邸宅の間を埋めるようにたくさん配置されていて、人目を避けられるような木陰も多い。

 グステルに向かってうなだれる青年は、よほど気に病んでいるのか顔が青かった。

 そんな彼を、グステルはしばしまじまじと無言で見つめてしまった。

 このしおれた様子を見るに……どうやら彼が、自分を心底案じて邸の傍にまで来てしまったのだなとは、なんとなく察しがついた。

 とはいえ、ここは危険を冒してはならないと、グステルは叱ってもいいところ。だが──グステルの顔にはつい、苦笑が漏れてしまう。

 正直、街邸の家人に二人でいるところを見られたのは不安だが……。

 それを押しても彼女が眉尻を下げるのは、うなだれた青年の姿を見たがゆえ。


「まあまあ……あなた様まで変装してくださるなんて……」


 言ってグステルは、今度はしみじみとヘルムートを眺めてしまう。

 目の前にいる青年は、いつものようなきっちりしたジャケットやベストを身に着けておらず、白シャツにサスペンダーというラフな出で立ち。上着がないぶん彼の程よく筋肉のある体格と、足の長さも際立っていた。

 おそらく……これはこの界隈を歩いていても人目に付かないように、使用人階級の服装を装ったのだろう。

 いつもはきれいに整えられているだけの黒髪も、少し長めの襟足を首の後ろで小さく束ね、それがまた……可愛らしく黒の細いリボンで結んであるのだ。

 端正な顔には知的な銀フレームの眼鏡。(但しこちらはグステルのようなビン底系眼鏡ではない)

 そして着ているものは質感からしてそう高級な品ではなく、サイズは彼の身体にピッタリ。

 そこからうかがい知れるのは。

 どうやら彼が、今日のこの街邸潜入計画のために、わざわざそれらを用意していたのだろうということ。

 グステルが心配になり急遽用意したのでは、こうしっくりとは来ないだろう。

 自分のためにこんなことまでしてくれる彼を、このグステルがしかれようはずがなかった……。

 駆けつけてしまったことを責められるだろうかと高い背筋を縮める青年に、グステルは沈痛の面持ち。


(……なんなのこの方……愛おしいにもほどがある……)


 思わず口の中をぐっと噛んでしまった……。

 ため息をこぼしつつ彼を眺めていると、それを呆れと取ったのだろうか。ヘルムートは気恥ずかしそうに彼女を見る。


「申し訳ありません……待機すると言っておいて……。いえ、あの……この姿は、このほうがここでは目立たぬかと……。……すみません、どうしても心配で……」


 まあ確かに、貴公子然とした彼が公爵邸の裏口あたりをウロウロしていては相当に目立つ。

 グステルが彼の後頭部を飾ったリボンを覗き込んでいると、ヘルムートは渋い顔で「これは配下が……」と、言い訳のようにこぼした。


 ……しかし、実はこたびの事前準備で。ヘルムートの配下は、これらの衣装のほかに、変装用のウィッグを用意していた。

 それは『グステル様に何か不測の事態が起こったときは、絶対に家のことも忘れて駆けつけてしまう自信がある』と、堂々言い切った主のため。

 その発言を聞いて生暖かい気持ちになった配下は、ならばぜひ、髪形も変えておいてくれ……と思ったようで。

 ところがだ。その配下らが用意した品物を、作戦当日に確認したヘルムートは、なぜかそこで難色を示した。

 その、黒髪の彼を別人たらしめるために配下たちが用意したウィッグは……金色の髪だった。

 その色を見た瞬間、ヘルムートは、押し黙り、憮然とした。

『……目立つだろう』と静かにいって、彼は配下にそれを下げさせ、こうして髪を束ねるにとどめたのだが……。

 実は、彼がそのウィッグを気に入らなかったのは、とっさにグステルの発言を思い出したからだった。


『私は金髪碧眼に弱いんです!』


 再会当初に、迫りくる彼を退けようとぶっちゃけられた彼女の嗜好。窮地の言葉ゆえに本当かは分からないと彼は思っている(思いたい)が。その金髪碧眼とは、もちろん件の王太子のことである。

 それを思い出すと、ヘルムートはなんだかとてもムッとしてしまって。

 配下がせっかく用意してくれたのはわかっていたが。彼はそれを被る気には到底なれなかった。


 グステルが、自分の結んだ髪を見ているのに気が付いて。そんな自分を思い出し。ヘルムートは自分が恥ずかしくてならない。

 つい苦虫をかみつぶしたような顔になり。しかしその頬は赤く。その顔を見たグステルは、金髪ウィッグの件は知らぬことだが、複雑に嘆く。


(……どうしよう……ヘルムート様が可愛すぎて、心配事が心配できない……)



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