15
「メントライン嬢……?」
「いきなり来て、いったいなんなんですかあなたは……あの、私はぬいぐるみ屋のステラ、それ以外の何者でもありません。私が違うと言っているのに、私のことを勝手に解釈して誰かに伝えたりしないでください!」
きつくと言い渡すと、青年は、それまで落ち着いていた娘が急に語気を荒らげたことに驚いたようだった。
この時、ヘルムートはまったく悪気などなかった。
ただ、無事な彼女を見つけたことがとにかく嬉しくて。
幼い頃に家族を失った彼女と、子を失った親は互いを求め合っていると疑わず、早く両者を再会させてやりたかった。
しかしヘルムートは、目の前にいる令嬢であるはずの彼女の反応を見て、若干己の言動を反省した。
冷静でいたつもりであったが、どこかに彼女を見て浮かれる気持ちがあったのかもしれない。
何か無礼を働いただろうか……? と、そんな彼の戸惑いがグステルにもなんとなく伝わって。
つい声を上げてしまったグステルは、自分の中の恐怖心を胸の奥に押し込めて。つぶやくように「すみません」といった。
「……お許しください、つい……」
彼にも悪気はなかったはず。潔く青年に頭を下げると、彼も「いいえ」と心苦しそうな顔をする。
「こちらこそ申し訳ない……そちらの事情も知らず……」
「…………」
言ったきり、二人共なんとなく押し黙ってしまい。店内には、なんとも言えない気まずい空気が流れた。
グステルは、失敗したと思った。
父に居場所を知らされることが怖くてつい動揺してしまった。
これでは、後ろ暗いところがあると白状しているようなものだ。
こんなことを訴えたとて、この青年が自分の言うことを聞いてくれる見込みもないのに。
グステルの父は公爵。彼からしたら、これは公爵に恩を売る絶好の機会である。
彼女という駒がいなくなった今、きっと彼と実家は特別衝突もしていないとは思うが、それでもこういった機会は、彼にとっては利があるに違いない。
グステルは迷った挙句、ヘルムートにもう一度しっかり頭を下げた。
「お客様、私はしがない町民です。身寄りもなく、こうして一人で身を立てています」
『身寄りがない』と言ってしまえば、『やはり御令嬢では?』と、勘繰られるかもと思ったが。
この界隈で、彼女は元孤児のステラとして知られている。
その辺りは調べられれば分かってしまうことだと、思い切って打ち明けた。
「こう言ってはなんですが……あなた方貴族の面倒ごとには巻き込まれたくないのです。そのようなことをあなた様が公爵閣下に告げても、私は公爵閣下の御令嬢ではありません。公爵閣下はきっとお怒りになるはず」
グステルは、納得してほしいと願いを込めて青年を見つめた。
「私は、貴族の方々に目をつけられれば、あっという間に命も失いかねないような、寄る辺ない立場の人間です」
そう訴えると、ヘルムートは、しばし硬い表情で何かを考え込んでいるようだった。怒ってしまっただろうかとハラハラしたが、数十秒後。青年はため息と共につぶやいた。
「……わかりました」
青年は悲しそうにグステルを見て続ける。
「不躾に、大変失礼しました。今日のところはこれで……」
青年は沈んだ口調でそう言って。一礼し、背後の扉のほうへ身を返す。
それを見たグステルは、どうやら帰ってくれるらしいとほっとして──が。
「……ん? 今日のところは……?」
え、それはどういう意味だと困惑していると。
店を出ようと扉に手を当てた青年が、一瞬グステルのほうを振り返った。
その物言いたげな瞳には、何か、強い想いがこめられているように思えて。グステルは、つい戸惑いのままその青紫の瞳に見入る。
と、その時だった。
青年が開こうとしていた扉が、いきなりグイッと外向きに開いて、その向こうから、張りのある声が店内に転がり込んできた。
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