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133 正ヒーロー回避作戦

 


 ──数十秒後。

 メントライン家の馬車の中には、消沈した様子のフリードの姿が見られた。

 妹に威圧され、事情もわからぬまま馬車に戻された彼の顔色は暗い。

 その代わりに外に出てきたグステルは、若干うらめしげな兄をヴィムに託して人々の前に立つ。

 鼻血は、なんとかとまっていた。


 グステルは、顔についた血を拭いながら、チラリと馬車のほうを振り返る。

 兄の怒りが自分を思ってのことなのだと思うと、閉じ込めるのはいささか可哀想な気もする。

 だが、メントライン家の者としては、王都に到着直後に嫡男がこんなところで暴れるのは実にまずい。

 ここは頭を冷やしてもらうためにも、余計なことを口走らせないためにも。ぜひ一度、兄には引っ込んでもらわねばならなかった。


 そうして無事(?)兄を馬車に封じ込めたグステルは、周囲を見渡した。

 城壁門前には、もともと足止めされていた人々が大勢いたが、この騒ぎのせいで野次馬までもが集まる始末。

 人々に遠巻きに恐々と見つめられたグステルは、やってしまったと痛恨。

 こんな騒ぎを起こしてしまったからには、確実にこのチクチクした視線の中には王太子の視線も含まれているに違いない。

 そう考えるだけでスッと血の気が引くようだった。


(……どうやって……切り抜けたものか……)


 グステルは、若干途方に暮れた。

 理由はあれど、こうして運命のヒーローのそばで騒動を起こしてしまったのは大失態。

 だが、彼女としても、まさかこんなところで王太子に出くわすとは思っても見なかったのである。


(……さすが物語の正ヒーロー様……こういう“運命的な”出来事を引き寄せる力は正ヒロインのラーラ並み、というわけね……)


 この展開には、グステルは天の意を感じずにはいられない。

 無理矢理にでも、正ヒーローと悪役令嬢(自分)を引き合わせようとする力には恐怖しかない。

 しかし恐れてばかりではいられなかった。

 ここは自分の落ち度として、グステルは自力でこの場を切り抜けなければならない。

 これ以上の大事にはせず、フリードらと共に、一刻も早くこの場を離れるのだ。


「……」


 ひとまずグステルは、細く息を吸って吐く。

 恐怖の抜け切らぬ手足はまだひんやりと冷たいが、自分が守るべき存在──幼な子(?)のようなフリードとヴィムのことを考えると、まだ大丈夫だと思えた。グステルはなんとか恐れを隠し、周りに──揉み手で微笑んだ。


「お、お騒がせして大変申し訳ありません、な、何やら誤解があったようですね!」


 ……今更愛想笑いを浮かべたとて、周りは奇妙なものを見る目をするばかりだが……そこはさすが年の功。厚かましさには自信があった。

 グステルは、痛いほど刺さる周囲の視線に素知らぬふりを決め込んで、恥を捨て、民衆たちにペコペコと頭を下げていく。


「当家の若様は少々心配性でして……妹()()()()()()であるわたくしめが、この有様で兵士様方に取り囲まれているのを見て、ひどく動揺なさったようです。え? いえいえ、本当の妹などではございません。あら? 顔が似ていますか? そ、そうですねぇ……遠縁の遠縁……くらいではあるかもしれませんね! わたくしはただの使用人でございます。本当に、本当に申し訳ございませんでした!」


 いつものように若干おばさん口調で人々に捲し立て、兵士たちに向かっても慇懃に大きく頭を下げた。と、兵士たちは険しい顔を見合わせる。


「い、や、それですませられると思っているのか⁉︎ あそこにおられるのは王太子殿下なのだぞ⁉︎」

「殿下の御前で兵士に狼藉を働いて、“心配性”ですむか!」


 兵士たちが真っ赤な顔でグステルを怒鳴りつけると、娘の背後でガタッと馬車が揺れた。途端、目の前で王国兵たちがギョッと一歩後退ったのを見るに……どうやら馬車の中の御仁が怒って、彼らをガラス越しにでも威圧しているらしい。

 それを察したグステルは、咄嗟に後ろ手に馬車の車体をゴスッと殴りつけた。


「おほほほほ……若様は大人しくお待ちくださいねぇ〜……」


 彼女が空々しく笑いながら拳を叩きつけると、馬車はすんっと静かになって。直前に、車窓の中に鬼のような形相のフリードを目撃した王国兵たちは、グステルにいっそう気味の悪げな顔をした……。

 そんな彼らに向かって、グステルは構わず頭を下げる。


「もとはといえば、わたくしが己の鼻血に驚いて騒いだのが原因です。若様はこんな臆病なわたくしを心配してくださっただけのこと。若様は王太子殿下がこちらにいらしていることなどご存知なかったのです」

「知らなかったですまされる話では──」


 と、王国兵が厳しく片眉を上げた瞬間、グステルは唐突にうっと両手で顔面を覆った。

 そのまま王国兵たちの前に倒れるように身を投げ出すと、当然いきなり地面に膝を打ちつけるようにして自分たちに跪いた娘には、兵士らはギョッとして。──と、娘は間髪入れず、悲壮な顔を上げて潤んだ瞳で彼らを見上げるのだ。


「兵士様! だって……っ、わたくしめ……今まで鼻血など出したことがなかったんですもの!」

「は……はぁ……?」


 ……いや、まる切りの嘘だが……。

 グステルは、表情を“強引なおばちゃんモード”から、“か弱い乙女モード”に華麗に切り替えた。

 

「だって……信じられます? 乙女の鼻から血が出るんですよ⁉︎ 鼻から! 血が! です!」

「お……おおぅ……?」


 ……どうやら再び、グステル劇場の始まりである。






お読みいただきありがとうございます。

なぜかワードが使えなくなりました…( ;∀;)永続ライセンス?だったのに…どうやらそろそろパソコンの買い替え時期のようです、ひぃ怖い。

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ヴィムも中でギョッとしてそう
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