125 グステル、カルシウム攻めの危機
フリード・アルバン・メントラインは、妹というものが心底わかっていない。
幼い頃に行方知れずになり、やっと帰ってきた妹は、昔の面影そのまま。
まるかった顔がすっきりし、身体つきからも幼さが消え、手足はすらりと長くなっていた。
その姿を見ていると、フリードは、なんだかちょっぴり寂しくなる。
昔の妹は、のんきな顔がかわいい少女だった。
しかしそののんきな顔で、時々痛烈なことをいうもので。少年だったフリードは、ムカついて常々妹を無視していたもの。
でも妹は、彼の冷たい態度にも、ちっともこたえたふうもなく。それがなんだか余計に腹が立って、フリードは意固地になって時々妹にちょっかいを出した。
ころころした身体をツンッと突き飛ばしたり、頭をぐりぐり小突いたり。
しかし、妹の反応はいつも同じ。
自分の背丈の倍は大きなフリードをいやそうに見上げて。
『ああ、なんでしょうねぇ、このおぼっちゃまは……』
と、まるで大人のようなため息。
『お兄様、かまわれたい症候群ですか?』
『もしや熟女(?)好き?』
『これ、わたしだからいいですけど、よそのお子様にやったらはっ倒しますから』
──と、こうだ。
そんな妹の反応を見るたび、フリードは面白くないと思いつつ、困惑。彼の妹というものに対する認識が、迷宮に迷い込むのだ。
……これが妹というもの、なのか……?
よその妹は、もっと違うような気もしたが、要するに、そんなグステルの大人反応のせいで、フリードの中の妹像はやや世間一般のそれから外れてしまった。
妹とは、なんだか非常に奇妙な生き物だ。
チビのくせに、妙に冷静だし、大人ぶる。それはとても生意気なのだが、結構正論であっていい返せないこともしばしば。
しかもそんな生意気な妹は、時々彼を付け狙ってくる。
互いに、フリードは母に、グステルは父に競うように教育されて忙しいというのに、気がつくと、妹は物陰から彼を険しい顔で睨んでいる。これが実に謎。
なんなんだあいつは……もしや自分に仕返しをしようとしているのか? と、フリード的には不審だったのだが……。
しかし、これは当時のフリードにはわかりようのないことだが。
この時のグステルの行動は、兄が自分にたびたびちょっかいをかけてくるのを見て、『もしやあの坊ちゃんは愛情不足なのでは……?』と、心配したゆえのことだった。
それで彼女は時折時間を見つけては、兄の後ろをこそこそついてまわり、フリードと母の様子を観察していたのだが。まさかそれが、兄に奇妙に思われていたなんてことには気が付いていなかった。
ともかくその結果、グステルは、兄は母に溺愛されていると確認し、安堵。
だがフリードからすると、そんなグステルの行動は不審。
ゆえに彼は妹が気になりつつも、なんだか不気味さを感じてあまり近寄らぬようにしていた。
けれどもそんなある日、妹は邸から姿を消す。
その時フリードが感じた衝撃は、非常に大きかった。
もちろんグステルが消えたのは彼のせいではなかったが、少年は自分のせいかも知れないと胸を痛めた。
よそで仲睦まじい兄妹を見るたびに、彼は落ち込んだ。
自分があんなふうに妹の面倒を見ていれば、もしかしたら妹はさらわれなかったかもしれない。
変な妹ではあったが、いなくなってみるととてつもなく寂しかった。
その悔恨は少年の中に深く刻まれ、そしてその傷は現在に至っても残ったままだった。
そうして再会した妹。
彼女はすっかり成長を遂げていたが、落ち着いた表情は昔のままだった。
その顔を再び見ることができて、フリードは自分でも意外なほどに大きな喜びを感じた。
もしかしたら、死んでしまっているかもしれないと思っていた。
その妹が、生きていた。生きていたのだ。
だからこそ彼は、今度こそ街で見かける兄妹たちのように、彼女と仲睦まじい関係を取り戻そうと決心した。
そんなフリードが手始めにしようとしたことは、妹に怪我を負わせた者の始末。
許せなかった。
再会時、口の端を血で染めていた妹の顔を思い出すとはらわたが煮えくりかえり、彼は本気でアルマンを冷酷な拷問の末に抹殺せねばと思っていた。
が……。
そんな息子の心情を、父と母は見逃さなかった。
同じくグステルの怪我には怒っていた両親ではあったが、嫡男の怒りは彼らのそれとは違いどこか凶暴で危うかった。それを鋭く察した両親は、彼を早々に領地から引き離そうと画策。
『ね? フリード妹が心配でしょう? あなた、ついていったらどう?』
『そうだな……(ここにいたら罪人が裁判もせずに処刑されそうだ……)お前、妹を守ってやりなさい』
『今かまっておかないと、あの子すぐに結婚しちゃうかもしれないわよ(ヘルムートと)』
すでに妹が、母に婚約者と挨拶に来た、という誤情報を耳にして。フリードは大いに焦った。
このままでは長年離れ離れだった妹と関係修復もままならぬまま、また引き離されてしまう。
彼は妹を失っていた間、街で仲の良さそうな兄妹たちを見かけるたびに憧れを募らせ、つらかった。羨ましかった。あんなふうに仲睦まじく、妹を愛しむ機会をやっと取り戻したと思っていたのに、その機会をまたすぐによその男に奪われるのかと思うと、青年は夜も眠れなくなった。
その危機感は、殺してやろうとまで憎んだアルマンのことをすっかり彼の脳裏から忘れさせ、代わりに強く実感させたのだ。
自分が妹を深く愛しているのだと。
ゆえに彼は、グステルについて王都にいくことを決断した。
処刑とかやってる場合じゃない。妹が嫁いでしまう前に、兄妹の情を取り戻さねばならない。
職場である他領には許しをこう手紙を書いた。
『愛する妹を守らなければならないので』という端的な手紙は、多分上官や領地の主を驚かせただろうが、まあ、そこには考えは至らなかった。
お分かりだろうが……彼は少々ガサツなのである。
鍛え上げた身体は大きく威圧的だし、正直顔も悪役令嬢の兄らしくいかめしく冷たい。
騎士として日々過酷な訓練を受けて過ごしていたからあまり笑わないし、性格も、そもそも物語上では悪役側の生まれゆえかほがらかではない。
しかも公爵の息子という立場もあって、誰かに媚を売るような必要もなく、性格は若干高慢ときている。あまり他人は、家柄の高い彼に物申せないので、この歳まで性格はほとんど修正されなかった。
自ら誰かに好かれようとしたこともないため、妹に対してもどうしたら好感を得られるかということもわかっていない。なにはともあれ微笑んでやらねば好意も伝わらぬという初歩的なことすら、理解していないのである。
そんな兄には、当然グステルは戸惑っている。だが、彼はわからないなりに妹のために何かがしたかった。
そこでフリードは、とにかく妹を丈夫にしてやろうと思ったわけだ。
再会した妹グステルは、なんだか小さいし(そりゃあ身長が190はあるフリードに比べれば小さい)痩せている。(再会時は、グステルがここ最近の忙しさで少々食を後回しにしていて、体重が落ちていたのが仇となった)
フリードは若干……というか大いに思考が体育会系であった。
他領の軍部で鍛えられ、それが非常に性に合った彼は、武力と筋肉を妄信している。
再会した小さな(?)妹のことも、彼はしっかり育て上げなければと考えた。
ゆえの“干し肉”。
筋肉には、タンパク質。
赤身の肉は、身体にいいぞという彼の思考は、まあ間違ってはいないだろうが……悲しいかな、その彼の好物は、やや粗野であり、非常に、硬かった……。
フリードは、狭い車内で、眉間にしわを寄せて不気味そうに自分を見ている妹を、じっと見つめた。
妹は、なぜか自分のほうを恐々と見て、隣の青年とくっつき、そのグレーの頭を抱きしめている。それが気に入らなかったフリードは、目の前の妹の首根っこをつかみ、青年から引き剥がして自分の膝の上に乗せた。
もちろんグステルは「ぎゃあ⁉︎」と、血相を変えて叫んだが、フリードは妹の重みにほのぼの満足した。が、同時にその軽さに不満を持った。妹の重みは、彼が普段訓練中に使う重りの半分すらないように感じで心許なかった。
妹は、あまりに筋肉がなさすぎる。
(……、……やはり軽い……そして、非力)
自分の膝の上でジタバタする妹の力の弱さに、フリードはなんだか泣きたくなってきた。こんな乏しい筋肉で、妹はどうやって世間で一人生きてきたのだろうか……。
そう考えると妹が哀れになってきて、彼はいっそう決意を堅くする。
(……身長も……伸ばしてやらねばならぬ……)
クッと表情を歪める兄。に、グステルが目をかっぴらく。
「お兄様! 離してよっ‼︎」
「は、はわわわわ⁉︎」※ヴィム
「……骨……小魚……?」※フリード
グステルが暴れても、兄の野太い腕はびくともしなかった……。
お読みいただきありがとうございます。
面倒そうな保護者がついてくることになってしまいました( ´ ▽ ` ;)