11
「違います」
「……」
伊達にうん十年生きてない。言葉はすらすら出た。
スカートをつまみ、貴族の彼に対し、下の者らしく頭を下げる。
「旦那様、どうぞよくご覧になってくださいませ。私め、ただの町民、ただのぬいぐるみ屋のステラでございます。そのような名前のご婦人は──とんと存じ上げません」
キッパリ言って。片腕を広げ、店内に並べられたかわいらしいぬいぐるみたちを示した娘は、貼り付けられたような微笑みで彼を見ている。
その反応に、眉間にしわを寄せたヘルムートは、もしや……と気遣うようにつぶやいた。
「もしや……覚えていらっしゃらない……? 君は、メントライン家の誘拐された御令嬢ですよ?」
「──は……?」
思いがけず、憐れみをこめて見つめられたグステルは戸惑いを浮かべる。青年が嫌に確信を持って訴えてきたことも気になったが、まず──……。
(誘拐……?)
先にそのワードが気になった。
思わず瞬いて疑問を浮かべた彼女に、青年はまるで幼児を相手にするように、丁寧で優しい口調で説明しはじめる。
「いいですか? あなたの名前はグステル・メントライン嬢。九つの歳に公爵邸から誘拐されて、そのまま行方知らずになられました」
「………………」
悲しげな顔に、どう反応したら良いかと一瞬迷う。
そんなわけない。彼女は確実に自分で家を出た。しかしハッとした。
もしや、勘違いされたのか。
考えてみれば、九つという歳の娘が急にいなくなれば、実家の者たちが、誰かに連れ去られたと思い込むのも無理はない。
絶対に連れ戻されたくなかったグステルは、実に巧妙に家出計画を立て、実行した。
書き置きなども残さなかったし、持ち出した荷物や資金は全部、両親達や家の者達には秘密裏に用意したもの。
娘と共に身の回りのものも無くなっていれば、家の者たちも家出の可能性に思い当たったかもしれないが……。
そういえば、勘違いされても仕方のない状況だったかもしれない。
(え……そ……そう、だったの……?)
実家がそんなことになっているとはつゆ知らず。
九年越しに知らされた事実に、グステルは複雑な罪悪感に苛まれる。
それではきっと、事情もわからず自分を心配してくれた者もいただろう。
と、なんだか気持ちが落ち込んでしまったグステルに。青年は、店内やその奥に見える彼女の自宅のほうを警戒の面持ちで窺いながら、硬い口調で尋ねてくる。
「あなたを連れ去った者はどこですか? お一人で暮らしておいでのようだが……もしや逃げていらしたのか?」
「え……あ、いえ……あの……」
純粋な心配を向けられて、グステルは困った。
もちろんそのような者たちはいない。
彼女は間違いなく自分で家を出たのだ。
しかし真剣な眼差しで自分の答えを待っている青年を見てしまうと、なんだか心苦しくなってくる。
だが、はっと思い直した。
(い、いや、違う……! 大切なことを見失ってはいけない! どちらにしろ、私は自分が公爵家の人間と認めるわけにはいかないのだから……誘拐だろうが家出だろうが別にどっちでもいいの……そうじゃなくて!)
心配してくれている彼には申し訳ないが、彼女にとって大切なのは、ここで、しっかりと自分は『グステル・メントラインではない』と否定しておくことである。
そう思っていた時だった。
どうやら奥から不審な人物は出てきそうにないと判断したらしい彼は、グステルを安心させようとしたのだろうか。多少安堵した表情で、こんなことを言ったのだ。
「お父上である公爵は、あなたのことをたいそう心配されていましたよ」
「……!」
その言葉を聞いて、グステルの顔が一気に強張った。
心の中には苦い思いが広がっていく。
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